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『女性の生きづらさ』…最近非常によく聞くワードである。そのワードを聞いて『そんなものはない』と真正面から否定する女性は少ないのではないだろうか。では、具体的に何がどう、何故生きづらいのかと問われると『社会が女性に求めるものが多い』『ライフスタイルの多様化が原因』等々割と複雑で簡潔に答えるのが難しい上に、そこに『男だって生きづらい』という声も当然上がってくるのだから、なんだか有耶無耶になってしまいがちだ。
そんな『女性の生きづらさ』が上手く描かれているとして評価されたのが、このはるな檸檬氏の『ダルちゃん』である。
この『ダルちゃん』の作者、はるな檸檬氏の作品を読むのは初めてではなく、以前『れもん、うむもん!―そして母になる―』という妊娠エッセイ漫画とでもいうべき作品を読んでいる。そちらが非常に共感できる内容であったため、『ダルちゃん』もkindleで購入してみた。
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Contents
以下、各話あらすじ、ネタバレ
『普通の女性』に擬態して生きる、丸山成美こと、ダルダル星人の『ダルちゃん』
丸山成美、彼女はどこにでもいる、平凡な24歳の派遣社員…というのは世を忍ぶ仮の姿だ。
本当のわたくしは、ダルダル星人の、ダル山ダル美、ダルちゃんです
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 8/114 小学館
気を抜くと人の形を保っていられずスライムの様な姿になってしまうダルちゃん。ダルダル星人とは人間社会に確かに存在するのだが、普段は擬態しているのだ。ダルちゃんも日々、『普通の人間』に見える様に惜しみない努力を続けている。朝はきちんとシャワーを浴びて、髪を洗い、ドライヤーで乾かして、苦手だけど化粧をしてストッキングを履きハイヒールに足を入れる。そして澄まし顔でスマホをいじりながら毎朝通勤するのだ。カンペキな擬態…と自画自賛するダルちゃん。お陰で会社でダルちゃんの正体を知る者は誰もいないのだ。愛想良く派遣社員として様々な雑務をこなし、同僚たちの噂話にもそれらしく付き合う。少し疲れたら、誰もいない屋上で擬態を解いて一休みするのだ。
では、何故ダルちゃんはこんな風に人間のフリをしているのか。
でもね残念ながら私にもよくわからないのです。どうして私がここでこうして生きているのか
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 12/114 小学館
ダルちゃんは極めて普通の人間である父親と、とてつもなく平凡な人間である母親から生まれた。そしていたって平均的な兄と姉がいる。そんな家庭に唯一ダルダル星人として生まれたダルちゃん。母はダルちゃんにため息ばかりつき、姉は時折いぶかしげにダルちゃんを見ては目をそらす。兄にはいない者のように扱われ、父は家にあまりいなかったのでよく覚えていない。
それでも、保育園時代までは楽しく過ごせていたダルちゃん。しかし、小学校ではイスに座っているのが精いっぱいで、教師からは叱られ、周囲の子どもからは馬鹿にされ疎外された。
『ダルダル星人の自分はこの人間の世界にそぐわない』
そう気づいたダルちゃんは『周囲の人間の真似をしてダルダル星人と気付かれることのないように生きていこう』と心に決めたのだ。ダルちゃんはそれから学校の勉強なんかよりもよっぽど必死に周囲の女の子の観察をし、同じように振る舞うべく研究を重ねた。
そして長年の努力の甲斐があり、上手く擬態できているダルちゃん。自身の振舞いの上手さに満足している。ただし、
…モノマネしすぎて時々自分が本当は何を考えているのかわからなくなる時があるなぁ
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 15/114 小学館
そう考えたりもするが。
それでも日々細々とした雑務や他の社員達からの急な依頼、細かい注文をちゃんとこなしていけば、笑顔でありがとうと言ってもらえ、『こんな自分でも生きてていい』『居場所をもてる』と思える。ダルちゃんは明確な役割やルールがあり、それから外れなければ存在を認めてくれる会社という場所、そして現在の状況に非常に満足しているのであった。
苦手な飲み会で絡んで来た男性社員スギタ、そしてダルちゃんを外に連れ出した女性の先輩社員サトウ…ダルちゃんが嫌いになったのは…
しかし、そんなダルちゃんにはものすごく苦手なものがあった。それは飲み会だ。
会社の飲み会に参加したダルちゃん。酒の場になると皆、普段と違う一面を見せ、空気も弛緩し、それぞれの役割もルールもいまひとつよく分からなくなるからだ。どういった振舞いをすればよいか分からず戸惑うダルちゃん。
そんな時、営業担当の男性社員のスギタがダルちゃんに声を掛け、隣に座ってくる。普段はダルちゃんのことを”丸山さん”と呼ぶのに、酒が入って気が大きくなってるのか、”丸山ちゃん”と親し気に呼びかけるスギタ。酒が苦手なのかと語り掛けてくるスギタに、一瞬どう返してよいか分からなくなるダルちゃん。しかし、すぐに「やぁだぁ~そんなことないですよぉ~」と笑顔で返す。すると、満足そうに笑い出すスギタ。そんなスギタの反応を見て、『今のでどうやら合っていたらしい』とダルちゃんはとりあえずホッとする。
その後も上機嫌でダルちゃんに話しかけ続けるスギタ。『この人にはこういう感じでいればいいんだ』と考えたダルちゃんは、スギタの言葉に対してひたすら笑顔で『やだぁ』『そんなことないですよぉ~』と適当な相槌をし続ける。
いつの間にかスギタの自分への呼称が”丸山ちゃん”からより馴れ馴れしい”ナルミちゃん”になっていた。そして、特にスギタの前で失敗したことも無いのに『すっげードジそう』『それで許されちゃうんだからいいよなぁ』等と言われ始めていることにも気づく。しかしそれでも、酒で酔ってぼんやりした頭でこう思うのだ。
スギタさんが笑ってるから、多分これでいいんだ
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 22/114 小学館
ところが、少し離れた所から、経理の女性先輩社員のサトウが怖い顔でこちらを見ていることにダルちゃんは気づく。自分が何かやらかしたか、それとも正体がバレたか…そうサトウの眼光の鋭さに怯えるダルちゃん。するとサトウは立ち上がり、ダルちゃんの元までやってきて、やはり厳しい顔のまま、こう言ったのだ。
「丸山さん、帰るよ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 23/114 小学館
何が何だか分からないまま、しかしサトウに抗うことも出来ず、一緒に飲み会から抜け出し帰ることになってしまったダルちゃん。何も語らず歩き続けるサトウに、『なんでか分からないが怒らせてしまったらしい』と考えたダルちゃんはとりあえず、謝罪した。
しかし、サトウはそんなダルちゃんに逆に『何故謝ったのか』と問う。上手く答えられず困惑するダルちゃんにサトウは真面目な顔で言った。
「私はあなたに、あんな風に自分を扱って欲しくないんだよ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 25/114 小学館
「スギタがあなたに何を言ってたかちゃんと聞いてた?あなたを侮辱するようなことを山のように言ってたよ」
正直、スギタの話をよく聞くことなく、適当に笑顔で流していたダルちゃん。そんなダルちゃんに対して怒っているというサトウ。『あんな風に笑うのは、女だから、事務職だから…そういった理由だけであなたを見下げて侮辱して、自分の方が優れているとアピールしているスギタを肯定することになるのだ』…そうダルちゃんに語る。
「あなたはね、あいつのマスターベーションに笑顔で付き合わされてたの」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 26/114 小学館
「あなたの尊厳を踏みにじる奴らにあんな風に笑いかけちゃダメだよ」
「簡単につけこまれて、人生を支配されちゃうよ」
淡々と、しかしハッキリそう言ったサトウに何も言えなかったダルちゃん。その後サトウと別れた後も、何が何だか分からず、ただ家に帰りたいとしか思えず、擬態もままならなくなる。
どうして、ロクに話したことも無いサトウにそんなことを言われなくてはならないのか。
家に帰りベッドに横たわりながら、ダルちゃんはまるで自分が世界で一番みじめな様な気分になる。スギタに言われたことは結局ほとんど思い出せず、ただサトウに言われた言葉だけが胸に突き刺さる。
スギタさんは笑っていたし、私だってそれを見て嬉しかったんだもの。それでいいじゃない、それの何がいけないの?…あんな風に上から人を見下して。優越感に浸っているのはサトウさんの方なんじゃないの?
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 30/114 小学館
今まで人に嫌われることばかりを気にして、誰かを嫌いになったことのなかったダルちゃん。初めて嫌いになったのは、スギタではなく、サトウの方だったのだ。
サトウへの当てつけとしてスギタと親しくなろうとしたダルちゃんであったが…
翌日会社に出勤したダルちゃんにスギタが親し気に話しかけてくる。『酔って昨日のことをあまり覚えていない』『俺なんかひでーこととか言ってないよね?』そう言いながらも反省している様子は全くないうえ、馴れ馴れしくダルちゃんのことを”丸山ちゃん”と呼び捨てるスギタ。そんなスギタを見て、ダルちゃんは思いつく。
私この人のこと好きになろう、そうすれば、そうすればサトウさんも自分が間違ってるって気付くわ
ダルちゃん 1巻 はるな檸檬 33/114 小学館
苦々しそうにダルちゃんとスギタのやり取りを見ているサトウの目線に気付いているダルちゃん。
そして自身を受け入れる言動を繰り返すダルちゃんにスギタは、『昨日のお詫び』と言いつつ『今度二人で飲みに行こう』と誘う。
OKするダルちゃんだったが、答えるまでにほんの少しだけ間があった。しかし、ダルちゃんは自分でもその間が何であったのか分からなかったし考えようともしなかった。
それよりもスギタと自分から目を逸らしたサトウを見て『勝った』という気持ちでいっぱいになり、満足していたのだ。
そして、ダルちゃんはスギタと二人で飲みに行く。
適当な会話を交わしながらスギタを見るダルちゃん。この人の笑顔はたぶんかわいい…そんな風に考える等して『大丈夫』『きっと好きになれる』といった風にダルちゃんは自分に言い聞かせる。
雑居ビル地下の安い居酒屋に連れて行かれたダルちゃんはそこで何時間にも渡りスギタの愚痴を聞かされることになる。口汚く会社の人間を罵るスギタを前にして、ダルちゃんにはサトウの鼻をあかせた喜びと共に『この人の愚痴を聞いてあげるのが私の役割だ』といった不思議な使命感が湧いてきていた。
優しく愚痴を聞き入れるダルちゃんにスギタは笑顔で『分かってくれるのはナルミちゃんだけだ』と言う。そんなスギタを見て更に満足するダルちゃん。
ほらね、サトウさん。見てよ、この人には私が必要なの。間違ってない。私なんにも間違ってないんだよ
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 38/114 小学館
しかし、直後にスギタから肩を抱かれてダルちゃんは動揺する。思わず肩を竦めかけるも、嫌がってると思わせたらスギタを傷付けることになる…そう考えて平静を装う。
そして、その後スギタはダルちゃんの手を引いて店を出る。ダルちゃんはそれを『お前は立派に役目を果たした』という賞賛のように受け取るも、手を引かれて連れてこられた先はラブホテルだった。
もちろんダルちゃんだってそれがどんな場所か分かっていた。男性経験が全くないダルちゃん。しかし、いずれは自分にも降りかかってくる問題、いつかは経験しなくちゃならないことだという意識は持っていた。
当然の様に服を脱ぎ、シャワーを浴びたスギタは、ダルちゃんにもシャワーを浴びる様に言う。本当は心臓が口から飛び出そうなほどに緊張しているダルちゃんだったが、曖昧に笑いながら、シャワーを浴びる。
こんなこと何でもない、いつかはこうしなきゃいけなかったの。それがたまたま今になっただけ。みんなやってる、どうってことないよ
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 41/114 小学館
そう自分に言い聞かせながら。
しかし、シャワーを浴び終えたダルちゃんは、ベッドに腰掛けるスギタの元までやって来たものの、震えて動けなくなってしまう。そんなダルちゃんの様子に『初めてなの?』と尋ねながらもスギタは愉しそうに笑った。そしてスギタはダルちゃんに迫るが、ダルちゃんは顔を背けてしまう。しかし、嫌がるダルちゃんにスギタは『大丈夫だから』『こっち来いって』と言いながら強引にベッドに連れ込む。
ダメ、もうダメだ…そう思った瞬間、ダルちゃんは自分を律することが出来ず、涙を流してしまい、擬態も保っていられなくなる。
そんなダルちゃんを見下ろしたスギタは、一瞬キョトンとし、それから舌打ちして吐き捨てる様に言った。
「帰るわ。そういうの、さみーんだよ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 45/114 小学館
そのまま服を着て帰ってしまったスギタ。一人ラブホテルの部屋に部屋に取り残されたダルちゃんは突然笑いたくなり、ひとしきり声を上げて笑った。そして、その後、みじめな気持ちになった。サトウに叱られた夜、自分を『汚い雑巾になった様』と思ったダルちゃん。しかし今は
…汚い雑巾ですらない…私は打ち捨てられた生ゴミみたい
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 47/114 小学館
そんな風に思うのであった。
サトウから詩集を借りたダルちゃん。二人は分かり合い、友人となる
どんなに辛くても悲しくても朝はやって来るし、空腹になる。
クソみたいな気分…そう思いながら、上半身だけ擬態して、いつもの会社の屋上でハンバーガーを齧るダルちゃん。
すると屋上にサトウがやってくる。とっさに全身擬態するダルちゃん。サトウはダルちゃんの隣のベンチに腰掛けるものの、特に彼女に話しかけることなく静かに本を読み始める。
素早くハンバーガーを食し、その場を立ち去ろうとしたダルちゃんだったが、サトウが持っている本に目が留まり、『なんですか、それ』と尋ねた。
「詩集よ。さびしいときに読むの」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 54/114 小学館
振り返りもせず、そう答えるサトウ。そんなサトウにダルちゃんは言った。
「じゃあ、読みたいです」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 55/114 小学館
するとサトウは詩集を閉じ、満面の笑みを浮かべてダルちゃんに差し出した。
「貸してしんぜよう」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 56/114 小学館
サトウから借りた詩集を開くダルちゃん。灰色の薄い布張りの表紙の、夭折した詩人の作品を『ぜんぜんわけがわからない』と思いながら、いつまでもいつまでも読んだ。
ダルちゃんは職場では普段通り淡々と雑務をこなし続けている。しかし、スギタの名前を聞くだけで吐き気を催してしまう。
名前を聞いただけでこんなになってしまうのならば、顔を合わせた時にどうなってしまうのか…不安に思うダルちゃん。しかし、苦痛に耐えながらなんとか業務を続けるのだった。
そして疲れ果ててしまったダルちゃんはやはり会社の屋上で息抜きする。擬態を解きベンチに横たわるダルちゃん。するとそこにサトウがやってきたため、慌てて擬態し起き上がる。
サトウはダルちゃんのことを心配していたのだ。体調が悪そうだったと言うサトウにダルちゃんは大丈夫と答えるて誤魔化そうする。しかし、サトウは『本当に?』と食い下がる。それでも頑なに『大丈夫』と言い続けるダルちゃんにサトウは『ごめんね』『この間も』と隣のベンチに座りながら言うのであった。
「…なんか余計なこと言っちゃったかなぁと思ってさ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 60/114 小学館
サトウの言葉に驚くダルちゃん。そしてそんなダルちゃんにサトウは続ける。
「あたしさぁ、昔、丸山さんくらいの若い頃にね、スギタにそっくりな男と付き合ってたんだよね」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 61/114 小学館
その男は、女や弱いものにマウントを取って優越感を得るタイプのクズだったと語るサトウ。自分の都合しか頭に無く、思い通りにいかなければキレる。暴力こそふるわれなかったものの、暴言が酷く、深夜に呼び出されたりと振り回され続けたという。
しかし、それでも若かったサトウは自分は幸せだと信じていた。他に男性と付き合ったことも無かった上、自分に自信がなかったサトウは『好きになってもらえるだけで幸せ』と思い込んでいたのだ。
しかし、サトウはその男との交際の最中、妊娠してしまった。そして、男は『今結婚する気はない』『おろせ』とサトウに言ったのだ。
「あたしもバカだったからさぁ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 62/114 小学館
「彼の言う通りにしよう、それが幸せなんだって。だって私たちすごく愛し合ってるからって、自分に言い聞かせて」
「結局5年付き合って、3回おろしたの」
3回目の手術の前に、医師から『次は妊娠できない体になる』と言われたサトウ。術後のベッドで一人号泣したという。彼が手術に付き添ったことは一度もなかった。人生であれほど悲しかったことはなかった…そう振り返るサトウ。泣き続けて涙が枯れた時に気付いたという。
『彼は私のことなんか好きじゃない』
そしてそれ以上に、
『私自身が彼のことを好きじゃない』
ということに。
「自分の本当の気持ちを知るって、実は一番難しいことなんじゃないかって思うのよ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 64/114 小学館
「今の自分を否定したくなくって自分で自分に嘘ついて、そうやっているうちに心に山のように傷を負っちゃって」
「でもそのことからも目を逸らして痛くないふりして、そしたら大事なものなくしちゃった」
そんな若い頃の自分に勝手に丸山さんを勝手に重ねてしまって、あんなことを言ってしまった…そう謝ろうとしたサトウがダルちゃんの方を見たその時。
そこにはボロボロと涙を流し、擬態を保っていられなくなったダルちゃんの姿があった。サトウの話を聞き続けたダルちゃんは涙が止まらなくなり、擬態しなくちゃと思っても体がもう動かなくなってしまったのだ。そして同時に、頭の中で、スギタの舌打ちと『そういうのさみーんだよ』という言葉が蘇り、『そういうのって何だろう』と考えていたのだ。
サトウは立ち上がり、そんなダルちゃんを抱きしめて『大丈夫』と言い続けたのだった。
そしてその後しばらくして、営業のスギタはあっけなく会社を辞めた。女子トイレでは化粧をしながら女性社員たちがスギタの悪口を言っている。元々評判が良くなかったようだ。個室の中でダルちゃんはそれを聞いていた。
あの晩以降、ダルちゃんは男性が怖くなってしまった。しかし、屋上で休憩していればサトウがやってくる。サトウの前では擬態をすることを辞めたダルちゃん。そして、そんなダルちゃんに対して軽蔑することなく『今日もダルダルしてますねぇ』と笑顔で受け入れるサトウ。
生まれて初めてダルちゃんに友達が出来たのだった。
ヒロセとの出会い
スギタとの一件以来、男性が怖くなってしまったダルちゃん。さり気なく男性と近づくのを避けているものの、会社では今まで通り業務をこなしていく。
ある日、ダルちゃんは事務方のトップで経費担当の女性社員フクダの元へ請求書を持っていく。
優秀な上、明るく朗らかなフクダは『お母さん的な存在』として社員達から慕われている。この日もダルちゃんの書類上のミスに対しても優しくかつ的確な指示を出してくれた。
しかし、その後、フクダはダルちゃんに第3子出産のために、産休に入ることになったことを告げる。そして、後任の若い眼鏡の男性社員、ヒロセをダルちゃんに紹介するのであった。
女子トイレでサトウとヒロセのことを話すダルちゃん。ダルちゃんはフクダの後任が男性であることに内心少し気落ちしていた。以前からヒロセを知っているサトウは彼のことを『出来るコ』と評価する。
男性で仕事ができる人は営業に行くイメージがあり、事務方のトップに若い男性がいるのは珍しいと思う…そう正直に言ったダルちゃんに対し、サトウはやんわりと『ヒロセは外回りができない』と告げた。
その後、ヒロセの元に請求書を持っていったダルちゃんはその言葉の意味を理解する。ヒロセは左足に障害を負っており、歩行にやや支障があるのだ。
請求書を提出するついでに改めて挨拶をするダルちゃん。そんなダルちゃんにヒロセは『ありがとう』と明るく感じの良い笑顔で返したのであった。
しかし、別の日ダルちゃんがヒロセの元に請求書を提出しに行くと、ヒロセはパソコンと電卓から顔を上げることも無く対応し、その上、ミスがあった書類をまとめてあるから持っていくようにとそっけなく告げる。
ミスがあった書類には付箋が大量に貼られ、そこに細かい指示が書いてあった。
給湯室の前を通ると女性社員達がヒロセの悪口を言っていた。
『なんだかやりにくい』…そうヒロセを評する女性社員達。仕事は正確であるものの、前任のフクダの様な愛想の良さや優しさが感じられず、まるでロボットの様に冷たく、感じが悪いというのだ。
挨拶の時に見せたヒロセの笑顔を思い出すダルちゃん。ダルちゃんはヒロセを感じ悪いとは思わなかった。しかし、パソコンから顔を上げず人の目を見ないヒロセを見て、確かにやりにくさを感じていた。
その後、給湯室でお茶を入れていたダルちゃん。するとそこにヒロセがやってきて、コーヒーは残っているかと尋ねてきた。ヒロセにコーヒーを差し出すダルちゃん。コーヒーを飲みほしたヒロセは自分に喝を入れて、ダルちゃんに礼を言う。そしてデスクにいる時には見せない笑顔を浮かべ、こう言って去って行った。
「いやぁ、緊張しますね」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 85/114 小学館
ヒロセはただ、慣れない業務に緊張して余裕がないだけなのだと、ダルちゃんは気付いたのだった。
仕事で窮地に陥ったヒロセ、ダルちゃんはそんな彼と共に徹夜で業務をこなす
そして金曜日、ヒロセが社員達に申請書の様式の変更を知らせる書類を配布した。しかし、派遣の女性社員達からは『こんな分かりにくいプリント1枚だけで』『質問しに行っても、「ここに書いてありますよ」というだけで不親切』等と非常に不評であった。
愛想良く何でも目を見て丁寧に教えてくれた、前任のフクダを恋しがる派遣社員達。そんな彼女達を遠目に見ているダルちゃん。ダルちゃんから見ても、ヒロセの配布したプリントは分かりにくく、また、デスクで一心不乱に業務に取り掛かるヒロセの姿からは質問し辛さが漂っていた。
そのまま終業時間がやって来た。次々と帰り支度を始める派遣社員達をヒロセが慌てて呼び止める。
申請書の仕様変更を伝えたにもかかわらず、皆が出してきた申請書はことごとく全部間違っていたのだ。
しかし、派遣社員達は『仕様変更の知らせのプリントが分かりにくかったからだ』と開き直る。そして、質問してくれれば良かったのに…というヒロセに対して『忙しそうにしてロクな答えが返ってこなかった』『質問するなという空気を出していた』等と次々に不満を口にする派遣社員達。
そして、『今日は金曜日で予定のある子はいっぱいいる』『私たちは派遣社員だから残業させたら残業代がとんでもないことになる』と逆に詰め寄られてしまうのであった。
しばしの間の後、ヒロセは笑顔を作り、派遣社員達に『そうですよね、すみません』『大丈夫です、僕が修正しときます』と言う。その言葉を受けて帰り始める派遣社員達。ダルちゃんもその波に続く。部屋を出る間際、振り返るとやはり厳しい顔をして机に向かうヒロセの姿がそこにあった。
退社した後、ダルちゃんは飲食店でサトウと待ち合わせをしていた。遅れてやって来たサトウに礼を言いながら詩集を返すダルちゃん。
サトウから借りた詩集を読んで涙が出そうになったダルちゃん。短い言葉たちがあまりにも鮮やかで輝いて、それでいてことばにならないものを表現している…。『どうしてこんなに心が動くのか』という素朴な疑問を口にしたダルちゃんにサトウは答える。
いい詩とはほんとうのことが書いてあると。
社会で生きていると、悲しくても笑ったり澄ましたり、平気なふりをして、だんんだんと自分が本当に何を考えているのかが分からなくなってしまう。
「だから、詩に表れる生の言葉に、ほんとうの気持ちに心を動かされるんだって思うのよ」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 93/114 小学館
だから自分は詩が好きなのだと語るサトウ。そしてダルちゃんに言った。
「もしかして、書いてみたくなった?」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 93/114 小学館
赤面するダルちゃん。サトウを待っている間にノートになにやら書いているのを見られていたのだ。しかし、サトウはそんなダルちゃんを揶揄うことなく、『どんな形であれ表現することは素敵なこと』と受け入れるのであった。
その後、サトウと別れたダルちゃんは一度はそのまま帰ろうとするも、途中で方向を変え、会社へと戻った。
会社に戻ると、案の定ヒロセが一人で机に向かっていた。
『申請書の修正を手伝う』と言い出したダルちゃんに驚くヒロセ。一人でも大丈夫、残業代を出せない…等々言って断るものの、
「これを一人で朝までやっても終わらないと思うんです」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 95/114 小学館
「なんか私の気がすまないので手伝ってもいいですか」
ダルちゃんはそう怒ったように言い、ヒロセの隣に座って作業を始める。
これは自分の役割ではない…そう分かっているダルちゃん。しかし、『緊張しますね』と言ったヒロセの言葉もほんとうで、『私の気がすまない』という気持ちも本当…だからやる、今はやる、それだけでいい…そう思うダルちゃん。
しかし、修正しなければならない申請書の量は膨大で、深夜3時過ぎても終わる兆しは見えなかった。作業しながら、書類多いですね…とヒロセに話しかけたダルちゃん。多いですね…と返すヒロセ。
机に向かったまま、淡々とヒロセにダメ出しを始めるダルちゃん。『派遣社員達に大丈夫と言ったくせに全然大丈夫じゃないこと』『仕様変更のプリントが小難しく不親切だったこと』『近寄り難い雰囲気を出してたこと』『女性は雰囲気に敏感なのでピリピリした空気は出さないで欲しいこと』…すると止まらないダルちゃんの言葉に、ヒロセは突然笑い出した。
嬉しそうに『良かった』と笑うヒロセに驚くダルちゃん。何が良かったのかと問うダルちゃんに『同情で手伝いに来たのかと思ったから』と告げる。
「僕ずっとこの足で、同情されやすい人生だったもんで、またかと思って、ちょっとみじめな気分だったんですけど」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 100/114 小学館
「なんか丸山さん怒ってるし、同情とかじゃなさそうだと思って、良かったです」
それを聞いて、笑い事じゃないと更に怒るダルちゃんに、やはり笑うヒロセ。そして夜が明け、昼が過ぎた頃、申請書の修正作業はやっと終わったのであった。
申し訳なさそうにお昼をおごるというヒロセに、おごって下さいと返すダルちゃん。二人はうどん屋に行き、カウンター席に並びながら話す。
ヒロセの前任のフクダについて語り合う二人。フクダは仕事が完璧なだけでなく、朗らかでいつも笑顔で相手の緊張をほぐしてくれたと評するダルちゃん。皆はそれに慣れてしまっていたので、ヒロセとのギャップに戸惑ってしまったのだろう…ダルちゃんはそう自分の考えを述べる。同意するヒロセ。
しかし、ダルちゃんが『男女差がある』『ヒロセは男性だから興味ないだろうが 女の人は雰囲気とか空気を大事にする』と言い始めると、ヒロセは遮って言う。
「僕時々思うことがあって、僕は男なんですけど他の男性とも違う僕で。丸山さんは女性ですけど、きっと他の女性とも違う丸山さんで」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 104/114 小学館
「そういうカテゴリーに入れた途端にはみだすものがあると思うんです。だって個人は一人一人違ってみんなバラバラだから男や女である前にその人だから」
「男だからとか女だからとか健常者だから障がい者だからってカテゴリー分けに本当に意味があるんだろうかって、時々ね、そう思うんです」
黙ってしまったダルちゃんに、『そういう自分自身も女性達を相手にする仕事だと身構えてカテゴリー分けをしてしまっていた』と反省し、『話しやすいデスクになれるかもしれないので、また色々と教えて欲しい』と言った。
すると、ダルちゃんはそんなヒロセを真っ直ぐ見つめて言った。
「…ヒロセさん、私、まだもっと私、私」
「あなたと一緒に、一緒にいたいんですけど、どうしたらいいですか」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 106/114 小学館
ヒロセの家までやってきたダルちゃん…そこで正体を知られてしまう
うどん屋から出た後、本当にそのままヒロセの家に着いて行ってしまったダルちゃん。そしてそんなダルちゃんに困惑している様子のヒロセ。
「…あの、僕ちょっとシャワー浴びてきます」
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 108/114 小学館
「あ、いや、あの、そういう意味では無くて。徹夜明けでドロドロなもので」
「丸山さんも後で良かったら…」
「あ、いえ、あの、そういう意味では無くて…」
戸惑いながらそう言い、シャワーを浴びに行ったヒロセの背中を見つめながら、ダルちゃんは
…もしかして…あの人なら
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 108/114 小学館
と考える。
眉間にしわを寄せる母の顔。『ホントにもう…』『どうしていつもそうなの…』父や兄、姉は背を向けている。
『なるみちゃんってさぁ……だよね』噂し、嘲笑する小学校の同級生達。
それはもっと成長しても変わらない。制服を着た女子たちが机を囲んでクスクスと笑いあっている。『丸山さん?だっけ、なんかあの…』『アレだよね』『そーそーアレだよね』
裸のスギタが苛立たしそうに見下しながら言う。『チッ、そういうの…』
ああ、どうして、どうして。どうしてどうしてどうして
ダルちゃん1巻 はるな檸檬 111-112/114 小学館
生きることは
どうしてこんなに寂しいの
いつの間にか、うたたねしてしまっていたダルちゃん。擬態も解けてしまっており、涙を流していた。ハッとして目を覚ますと、シャワーを浴び終え着替えたヒロセがダルちゃんを見つめていた。
~2巻へ続く~
以下、感想と考察
ダルダル星人とは何か、擬態とは何か~資生堂、花椿の風刺か?
主人公、”丸山成美”の正体にして、呼称の元になっているダルダル星人。その正体は一体何なのか。作中の描写をまとめると。『多数派とは異なる思考、行動パターンを持ち、社会のルールを苦痛に感じ、求められる役割をこなすのに難がある人間』とでも言ったところだろうか。しかし、ここの設定をあえて曖昧にし、良くも悪くも読者の想像に任せているところが、逆に多くの人の共感を集めているのだろう。
社会生活を送る上では、誰でもある程度、本来の自分を抑圧し、『型にはまる=擬態する』必要がある。男性ならスーツを着てネクタイを締める、女性ならダルちゃんの様に、化粧をしてストッキングを我慢して履く…等だ。そしてそれは見た目だけではなく、『その場に応じた適切な表情・言動』にも及ぶ。
そういったものが100%悪い訳では無いが、『当たり前』と化しているそれらは、確かに『生きづらさ』を作っていく。
この作品を掲載したのが、最大手化粧品メーカー、資生堂の企業文化誌の花椿であるということが興味深いところである。
資生堂自体は『多様化する美を応援する』的なメッセージを発信している物の、作中、ダルちゃんの化粧は自身を輝かせるものではなく、擬態のための手段、『若いOL』の記号としてしか使われていない。このリアリティ、皮肉さが何とも言えず、編集が意図的にやっているのだとしたら、本当にもう、素晴らしいとさえ思う。
リアリティがあるダルちゃんの人間像
『ダルダル星人』『擬態』という言葉はさておき、このダルちゃんの人間像、妙なリアルさに溢れているのだ。
上手く人間社会の感覚が理解できず、溶け込めず、疎外された経験から『周囲の真似をして浮かないこと』が第一になってしまい、学業よりも趣味よりもそればかりを考えて育ってきたダルちゃん。その結果、主体性を失っており、『相手を満足させること』『自分の居場所を確保すること』だけが行動理念となってしまっている。そして、皆とそこそこの浅い関係を構築出来てはいるものの、友人を呼べる人間はほとんどいない。
…個人的にこの設定、描写にかなりリアリティを感じてしまうのだ。
社会に生きていくにはどうしても『空気を読む』『顔色を伺う』ことが必要になってくる。それは男性も同じなのだが、特に女性でこういったものに敏感になり過ぎて、すべての基準が『他者』になってしまっている人、結構存在するのだ。
もちろん、『空気を読む』こと自体は悪いことではなく、それが出来るのは長所だ。しかし、ダルちゃんの様に自己肯定感の低さがゆえにただ、周囲に振り回されて流されている人は確実に摩耗する。実際にダルちゃんはどこか疲れている。しかし、『相手に優しくしてもらえる』『居場所を与えてもらえる』ことに喜びを感じ、過大評価してしまっているがゆえに自分が疲弊していることにすら気が付かない。本当に恐ろしい。
また、飲み会で助けてくれたものの、痛いところを突く説教をしたサトウに反発して、好きでもなんでもない、しかも自分を下に見ているスギタと恋仲になって、サトウの鼻を明かそうとするダルちゃん。彼女の行動に『!?』となる人も少なくないかもしれないが、私は納得。こういう人もやっぱりいる。
未熟で自分に芯が無くて、その場の感情と空気だけで動くと人間は本当にこういう選択肢を取ってしまうものなのだ。そして基準が『他人』。
スギタを好きになったから、スギタと恋仲になるのではない。ダルちゃんは『サトウにぎゃふんと言わせたいからスギタと付き合う』『スギタと恋仲になれば、スギタから侮辱されたという事実自体が無くなる』と本気で考えているのである。そこに自分の『意志・気持ち』が無いのだ。
幸い、心の奥底に『本当の気持ち』があったダルちゃんは、スギタと肉体関係を持つ直前で涙を流し、拒絶の意志を示すことが出来た訳だが。現実だったらそのまま空気に流されて関係を持ってしまう女性は少なくないと思われる。
…ちなみに、実際、親切からの叱咤とお節介、上から目線、マウンティングの違いは紙一重で非常に曖昧なのも事実なので、ダルちゃんが サトウに対して反感を持つことも結構自然なことだよなー等と思ってしまう。この手の『忠告』は少し間を置かないと、相手がどういうつもりで言ってきたか分からないことも多いから。
何故、ダルちゃんはヒロセに対して攻撃的かつ積極的な態度を取るのか
サトウの言葉や、彼女から借りた詩集によって、『自分のほんとうの気持ち』を大切にしたいと思うようになったダルちゃん。
その気持ちのままに、ヒロセの残業を徹夜で手伝い、ヒロセの部屋まで着いていってしまう。
しかし、それにしても他人の顔色を窺ってばかりのダルちゃんが、何故かヒロセにだけは相当辛辣なことを言うのか。
意地の悪い言い方をするならば純粋に大人しく男性的な威圧感の無いヒロセに対しては、ダルちゃんも、ものを言いやすかったと考えられる。
しかし、実はヒロセに見せる態度こそダルちゃんの素の顔で、偶然か必然か同様にダルちゃんの前でのみ、素の顔を見せ、『ほんとうのこと』を言ったヒロセにだったからこそ、正直に辛辣なことを言えたとも捉えられる。
陳腐な言い方をしてしまえば、相性、波長が合ったのだろう。実際に、人をカテゴリー分けすることを嫌い、多様性を認めるような発言をするヒロセに対して、ダルちゃんは『この人となら分かり合える』と感じて、家までついて行ってしまうのだ。
ヒロセの家まで勢いでついて行ってしまった挙句、擬態を解いた姿を晒してしまったダルちゃん。果たしてどうなるのか。
次巻、2巻(最終巻)の記事を追って書いていきたい。
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