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２０１６年、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した、村田沙耶香氏の受賞後長編第一作である。宣伝文句に『衝撃』『驚愕』といった言葉が使われているが、本当にその通りの作品である。読むのなら覚悟をした方がいい。
以下、あらすじ・ネタバレと感想を綴っていきたい。

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あらすじ・ネタバレ

子ども時代

小学生の魔法少女奈月は周囲の大人達から理不尽な目に遭いながらも、いとこの由宇と 『なにがあってもいきのびること』 を誓い合う。

小学5年生～魔法少女の奈月と宇宙人の由宇

小学5年生の奈月は年一度、お盆に父親の実家である、自然豊かな長野県の秋級に行くのを心待ちにしている。普段会うことができない、同い年のいとこの由宇と会えるからである。奈月と由宇は周囲に内緒にしているが、恋人同士だ。そして、秘密を共有している。
奈月は魔法少女だ。駅前のスーパーで買ったぬいぐるみピュートは、実はポハピピンポボピア星からやって来た使者で、彼に頼まれた奈月は日々地球の平和を守っている。
そして、由宇は宇宙人である。彼は母親から、秋級の山の中にある宇宙船から拾ってきた子どもだと言われて育ってきたのだ。彼はお盆になると秋級の山で宇宙船を探している。そして、いつか自分の故郷に帰ることを望んでいる。
秋級で再開し、喜ぶ二人であったが、秋級を嫌う奈月の姉がヒステリーの末、体調を崩したため、奈月の家族はすぐに千葉のニュータウンに帰らざるおえなくなる。別れを惜しむ二人は夫婦になることを誓い、また由宇は奈月に『なにがあってもいきのびること』を約束させる。

奈月の日常

千葉ニュータウンで過ごす奈月の日常は幸せとは言い難かった。何かにつけてヒステリーを起こす母と姉、それを静観するだけの父親。奈月はそんな家庭で疎外感を持っており、自らを『家族の感情のゴミ箱』と称する。母親からは頭の出来から容姿まで全否定され、鬱憤をぶつけられ、すぐに暴力をふるう。そんな母に倣って姉も、些細なことで奈月に当たり散らす。
また、通っている塾の講師、伊賀崎からはセクハラも受けている。しかし、巧妙に行われるそれに違和感を持つものの、奈月はそれを上手く言語化出来ない。そして、どんどんエスカレートする伊賀崎の所業を、意を決して母親に告白するも一蹴されてしまう。
理不尽な目に合い続ける奈月。しかし、無力な子どもは大人から見放されたら生きていけないことを理解している彼女はただ耐えることしか出来ないのだ。

奈月の目に映る社会～人間工場

そんな奈月にとって、社会は巨大な『工場』に見える。工場の製品は『人間』だ。蚕のように家庭という巣の中で、育てられ出荷された人間は、工場の部品として、『労働すること』と『つがいを作り生殖すること』という２つを求められるのだ。奈月はそうなる前に、由宇と共に宇宙船でポハピピンポボピア星に行くことを夢見ており、その夢と、由宇との『なにがあってもいきのびること』という約束が彼女の心の拠り所となっているのだ。

小学6年生の夏～奈月が遭う性被害。そして秋級での一夜と由宇との別離

小学6年生の夏、友人と行った祭りの最中、奈月は伊賀崎に騙され、彼の自宅へ連れ込まれ、口淫を強いられる。そのショックで奈月は味覚を失ってしまう。
（この辺りの描写は非常に生々しく不愉快であるため、苦手な人、何らかの心的外傷をもっている人は気をつけた方が良い）
そして、その事件の２日後、祖父が亡くなり急遽秋級に向かうこととなる。そこで、由宇と再会した奈月は彼に、『自分と性行為してほしい』と頼む。
奈月はこの先、伊賀崎からされるであろうことを理解している。『自分の身体が自分のものでなくなる前に』『殺されてしまう前に』それが必要であることを訴える奈月に由宇は了承する。
夜中、外に抜け出した二人は祖父の墓の側で行為を果たす。その後、奈月は服薬で自殺しようとするも、由宇に見破られ阻止される。
そして、由宇から『宇宙船が存在しないこと』を告げられるとともに、『大人になるまで、どんな手を使っても生き延びること』を約束させられるのであった。しかし、その直後、二人は親戚達に見付かってしまう。二人が何をしたか理解した大人達は動揺し、二人を叩き、引き離す。それが由宇との別れとなるのだが、奈月は由宇からこっそり結婚誓約書を受け取り、改めて『なにがあってもいきのびること』という約束を胸に刻むのであった。

魔女退治、そして塾講師の死

千葉のニュータウンに帰って来た奈月は残りの夏休みを、母と姉に見張られ、軟禁状態で過ごす。しかし、塾の集中講座に行くことを強制されてしまう。伊賀崎の声を電話の受話器越しに聞いただけで、右耳までも調子が悪くなってしまう。
更に集中講座の最中、伊賀崎から自宅に来るように命じられる。
奈月が、ぬいぐるみのピュートに相談するとピュートは
『先生は悪い魔女に操られているから助けてあげないといけない』という。そうしなければ奈月は殺され、世界も滅んでしまうと。
深夜、家をこっそり抜け出した奈月は、草刈り鎌を持ち伊賀崎の自宅へ向かう。そしてピュートに促され魔法の呪文を唱えながら、何度も『魔女の蛹』に草刈り鎌を振り下ろす。『魔女の蛹』が動かなくなったことを確認し、帰宅した彼女は数日高熱を出し、寝込む。
そして後日、伊賀崎が何者かに惨殺されたことを聞かされる。
伊賀崎の死に疑念を抱く奈月にピュートは突然、『奈月が魔法少女としての役目を終えること』と『奈月が地球星人ではなくポハピピンポボピア星人』であったことを告げ、喋らなくなる。
その後、伊賀崎の事件は迷宮入りとなり、奈月は宇宙船をなくし、母星に帰れなくなった ポハピピンポボピア星人 として生きていくことになる。

大人時代

大人になった奈月は『工場』の目を欺くため、自身と同じく『洗脳』を受けていない夫、智臣と契約結婚をしている。そして秋級に行き、由宇と再会を果たす。紆余曲折を経て、奈月、智臣、由宇の三人は『工場』から逃げ『ポハピピンポボピア星人』として生きていく決意をする。

奈月と夫、智臣の関係

３４歳になった奈月は結婚し、千葉のニュータウンの駅前にある賃貸マンションに暮らしている。
夫である智臣とは、インターネットを通じで知り合った、いわゆる契約夫婦の関係だ。秋級で事件を起こして以来、家族から監視され続け家から出ることを許されず、また恋愛も性行為も出来ない奈月は、異性愛者であるものの、生身の女性が苦手で、同じく婚姻することで家族から逃れたいと考えていた智臣と利害が一致したため、結婚したのである。
二人は寝室も家事も食事も家計も別々で、『愛情はない』ものの、互いを信頼し尊重し合い良好な関係を築いている。
双方の両親、兄弟、友人達が時折『工場』の手先として、二人の『工場』（子宮と精巣）が働いているか探りを入れてくることがあるが、その度に二人は協力してごく普通の仲の良い夫婦を演じているのだ。

奈月と智臣の考え方の違い

奈月も智臣も共に、『工場』に洗脳されていない人間だ。『恋愛』や『生殖』を素晴らしいものとして謳う『工場』の価値観を２人は受け入れられない。
しかし、奈月と智臣の考え方は少し違っている。
智臣は奈月の ポハピピンポボピア星人 の話を信じており、 ポハピピンポボピア星人 であり、世界を『工場』と捉える彼女とその価値観を尊敬している。そして、働くことも嫌いな彼は、『地球星人』とその『工場』に洗脳されることを恐れており、自身の価値観を守りたいと考えている。
一方で奈月は『工場』に洗脳されることを望んでおり、いつか、『地球星人』の様に『恋愛』や『生殖』を素晴らしいものとして受け入れて、平穏に暮らせるようになることを望んでいるのだ。

夫婦で秋級へ…由宇との再会

普通の夫婦を演じ、各々働きながら日常を送っていた二人であったが、奈月の派遣社員としての期限が切れたタイミングで、智臣が勤務先から解雇されてしまう。憤り、人生に絶望する智臣は突然『工場の目を逃れるため秋級に行きたい』と言い出す。日頃から奈月が語る秋級に強い憧れを抱いていたのだ。
家族、親戚達の許しを得て、『休養のため』秋級に向かう夫婦。

そして奈月は秋級の家で由宇と再会する。
東京で真面目に働いていた由宇であったが、会社が吸収合併されたのを機に自主退職して、今は秋級の家で暮らしていたのである。
夫婦の身の上を正直に語り、独自の考えを語る智臣を由宇は否定せず受け入れるが、決して同調はしない。そして、昔と変わらない奈月に対しては『冷凍保存されているようだ』といい、軽蔑したように、やや冷淡な態度を取り続ける。ポハピピンポボピア星のことも滅茶苦茶な理屈だと言い、『工場』に『洗脳』されているようだった。

引き戻される夫婦～洗脳と監視が始まる

秋級でしばらく過ごした夫婦。休養の限度は１ヶ月程で、そろそろ『工場』に戻らなければいけない時期に差し掛かっていた。智臣はその前に『洗脳』から一歩でも解放されるため、タブーを犯したいと、自身の実家に行き、実兄に近親相姦を申し入れに行く。
それを知った智臣の父は怒り狂い、智臣は慌てて秋級に逃げ帰ってくるも、父親に捕まり奈月とともに、『工場』へ連れ戻されてしまう。そして、双方の実家に夫婦の生活の実態がバレてしまい、それぞれ実家に引き戻され、尋問と取り調べと『洗脳』の日々が始まる。
奈月は母親と、姉から子供を産むことの必要性や素晴らしさを延々と説かれるが、やはりそれを理解することは出来なかった。
実家から解放された後も、各々の実家の息が掛かった友人達からも『洗脳』と『監視』され続ける。

再び秋級へ～ポハピピンポボピア星人として生きることを誓う三人

絶え間ない『洗脳』と『監視』に疲弊した智臣は『工場に従う』と言い出す。奈月と離婚し、真面目に働くと考える智臣。
そして、奈月には、『工場から逃れ、ポハピピンポボピア星人として生き延びてほしい』と語る。
そんな智臣に奈月は抱きつく。そして、『ポハピピンポボピア星人は伝染する』と言い智臣が『ポハピピンポボピア星人』に変え、共に逃げることを誓う。
そして、二人は秋級を出て東京で職を探そうとしている由宇のところへ向かい、彼を救い出そうとする。

ずっと子供の頃から、大人や世界の『命令』を受けて従い続けてきた由宇。苦しみながらも『ただ、生き延びることだけが望みだ』と語る彼に、智臣は離婚式を提案する。
幼い頃に交わした由宇と奈月の夫婦の誓い、智臣と奈月の結婚、その縁を全て断とうというのだ。
離婚式を経て、気持ちが変わった由宇もまた、自由になることを、ポハピピンポボピア星人として生きることを決意する。
三人は周囲に東京に行くと見せかけて、再び秋級に向かうのであった。

始まるとポハピピンポボピア星人としての生活

ポハピピンポボピア星人として、今までの地球星人としての知識や価値観を捨てることを決める3人。彼らは時間感覚を失い、眠りたいときに眠る。隣の家の畑から野菜を盗む。光熱費を押さえるため、焚き火をする。巣(家)の中では裸で過ごす。
自由な暮らしの中で、奈月は自身が由宇と奈月に対して恋の様な感覚を抱いていることに気付き、幸福を感じるのであった。しかし、秋級には豪雪の時期が近づきつつあった。町に降りていく村人が増える中、三人は盗みがしやすくなると喜ぶのであった。

襲撃者と土砂崩れ、そして三人が取った行動は・・・

夜寝ていると奈月は何者かに襲撃される。襲撃者の正体は、塾講師伊賀崎の両親であった。
奈月が伊賀崎から性被害を受けていたこと、そして奈月が伊賀崎を殺害したことを知っていた姉は、自身の不倫が夫にバレたのは、奈月が密告したためだと勘違いと逆恨みをして、伊賀崎の両親に秋級の場所を知らせたのだ。三人は老いた伊賀崎の両親を返り討ち、殺害するのであった。

その後、土砂崩れが起きており、道がふさがれ、巣（家）が孤立し取り残されてしまっていることが発覚する。生き残るために一旦は地球星人の救助を待つことに決めた三人。助かったらまたどこかへ逃げることを誓う。

しかし、食料は底を尽いてしまい、三人は伊賀崎の両親の死体を調理することにする。
三人で試行錯誤しながら調理をした伊賀崎の父親を食した奈月は、自身の味覚が戻ってきたことに驚く。
それは空腹だったからなのか、大好きな由宇と智臣がいるからなのか。二十三年ぶりの味覚に幸福感を得た奈月は二人と地球星人を心ゆくまで味わうのであった。
その後、三人は話し合い、今後飢餓状態が続いた場合『美味しい個体』から食して生き延びていくことを決める。そのため、お互いを齧り、味見をすることにした三人。互いに齧りあう中、奈月は今度は右耳も元の状態に戻ったことに気付く。自身の体の全てが自分のものになったのだ。

ラスト、『地球星人』が見たものは…

それからしばらくたった後、微睡んでいる三人の元に複数の地球星人がやってきた。奈月の母親と姉が救助隊を伴ってやってきたのだ。
三人の姿を見て悲鳴を上げたり、嘔吐する地球人たち。
地球星人たちの目に映る三人の姿は異形であった。
「 人間なのか？ 」「その腹はなんだ？」と問う地球星人に、自分たちが『 ポハピピンポボピア星人 』で『三人とも妊娠している』と告げる三人。
(恐らく極度の飢餓状態で、手足は痩せ細っているのに、腹だけ異様に膨らんでいるのだろう)
動揺し続ける地球星人達を無視して三匹のポハピピンポボピア星人達は外へ、未来に向かって踏み出すのであった。

以下、感想と考察

主人公が持つ価値観のズレ

コンビニ人間と本作地球星人は共通項が多い。ヒロインと社会の感覚のズレを描き、常識というものに一石を投じている。しかし、コンビニ人間より、諸問題に対して深くハードに切り込んでいる。
コンビニ人間のヒロイン恵子の持つ感性は生来のもので、そこから生じる常識とのズレはコミカルに感じられる。恵子自身、特に悩み苦しむことはないからだ。しかし、本作ヒロインの奈月のそれは、明らかに家族や塾講師から虐待によって形成されたものだから、読んでいる側もその苦しみを味わうことになる。

直接的に描写される、社会の不寛容さ

そして、社会の不寛容さを正面切って描いている。
コンビニ人間では、恵子が、『三十代半ばで、結婚もせずコンビニのアルバイトのみで生計を立てる』ということで周りから『心配』される…というふうにオブラートに包んで描かれるのに対し、本作はより直接的に突っ込んでいて『恋愛せず、性交渉せず、子を成さないこと』を社会が徹底して非難してくる様を描く。

恵子と異なり奈月には、恋愛や性交渉を厭うはっきりした理由がある。そして、彼女は理解を求め、過去に二人の同性の友人に自らの性被害を語る。一人からは信じてもらえず、虚言扱いされ、疎遠になる。同性だからといって、必ずしも受け入れて貰えるとは限らないのだ。そして、もう一人からは、共感と同情を得ることは出来るが、それは次第に『酷い目に遭ったのは貴女だけじゃない』『克服して恋愛に踏み出すべき』という圧力と善意の押し付けに変容していく。この辺りの描写が妙にリアリティーがあって、本当に筆者は『他者との分かりあえなさ』を描くのが上手いと思う。

現実の社会はここまで不寛容か？

とはいえ、現実の社会はこの辺り、寛容になってきている気もしなくはない。
生涯独身を貫く人、あるいは子を持たないことを選択する夫婦は増えているし、LGBTに対する理解も広まりつつある。数年前に来た『逃げ恥ブーム』も、既存の夫婦観、働き方観へ一石を投じたものだったと言えるだろう。
もし仮に今都会に奈月と智臣の様な夫婦が居たとしても、そこまで非難されないのではないか…とも思ってしまう。
その一方で、少子化にあたって社会・地域・国家等が国民に対して『恋愛』と『生殖』を求め、推奨しているのも事実だ。それは国家や社会の維持という大義名分を持っているため、本作で描写される『価値観の押し付け』に容易に転じてしまう。そして、現実はそれら矛盾する様々な価値観のせめぎ合いであり、今後社会の風潮がどう変わっていくかは誰にも分からないのだ。

子どもが作る自己防衛のための虚構が、理不尽な社会に牙を剥けたといえるラスト

奈月の『魔法少女』と、由宇の『宇宙人』はどちらも、子どもが理不尽な社会に対して自己防衛のために産んだファンタジーに過ぎない。奈月が使う魔法も、彼女の現実に即した『消える』という、自身の気配を消すことや『幽体離脱』という、要は離人症に過ぎないものだったりする。由宇の境遇についても、多くは語られないものの、情緒不安定な母親から、気分次第で疎まれたり、恋人の様な気遣いを求められたり、目前で自殺未遂を起こされたり等、相当ストレスフルな日々を送っていたことが察せられる。それが彼の、ここではない、どこか安心できる遠い場所への望郷の念を生んでいるに過ぎない。 
しかし、この無力な子ども二人が産み出した『ポハピピンポボピア星人』の虚構が、20年の歳月を経て、窮鼠猫を噛むが如く、社会に対して牙を剥けるのである。これは、社会の不寛容さに対する、ある種の逆襲劇と言える。

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まとめ

本作はコミカルさを感じさせるタイトルに反して、悲惨で不愉快な展開が続き、社会の性や恋愛観に対して深く重く斬り込んでいる。そして、後半の主人公達の逸脱行為に着いていけなくなる読者も少なくはないだろう。『コンビニ人間』の様なポップさを想像して、軽い気持ちで読むと確実に後悔する作品だ。『気持ち悪い』『読後感が悪い』という評価も少なくない。
しかし、後半の最早カオスとしか言えない展開に、何故か『地球星人』側に立っているはずの私は爽快感を覚えてしまった。
本作は言う。『常識は伝染病だ』と。そして、それゆえ『ポハピピンポボピア星人は感染させて増やすことができる』もしかしたら、私も少し感染してしまったのかもしれない。