【小説】彼女は頭が悪いから【あらすじ・ネタバレ】前編~実在の事件と小説の相違について検証する【登場人物・キャラクター】

彼女は頭が悪いから表紙

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諸事情あって昨年の秋、しばらく東京大学の敷地内で過ごすことがあった。この場所で読むのに適した本は無いか…そう考えて手に取ったのが、この『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ著)であった。…はい、悪趣味ですね、ごめんなさい。

この小説は、2016年に実際に起きた『東大生5人による女子大生への強制わいせつ事件』がモデルになっている。有名大学の学生による性犯罪が多発した時期でもあるので、何の、どの事件だっけ?と思う方も多いかも知れないが、
『女子大生を酒に酔わせた上で服を脱がせて』『肛門を割りばしでつつく』『陰部にドライヤーで熱風を当てる』『女子大生に馬乗りになってカップ麺を食べ、胸に麺を落とした』
等と聞けば、ああ、あの事件か…と思い出す人も多いのではないだろうか。

この『彼女は頭が悪いから』は『何故、この事件が起こったのか』と事件が起こるまでの経緯をひたすら追っている作品である。なので、性的に興奮させることを目的とした娯楽小説ではなく、作中で事件が起こるのもかなり後半だ。

今回色々と書いているうちに長くなってしまったので、記事を前編・後編と分けた。この前編では小説のあらすじと、実際の事件との相違、登場人物の整理をしていきたい。

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Contents

あらすじ

『私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの? 』
渋谷区広尾の高級住宅街で官僚の息子として育ち、東京大学の理科Ⅰ類に進学した竹内つばさ。横浜市郊外の庶民的な家庭で育ち、偏差値48の女子大に進学した神立美咲。二人はある晩、横浜のオクトーバーフェスで出会い、互いに恋に落ちた。しかし、格差意識、劣等感、選民思想…様々な人間の思惑が交差する中で、二人の関係は徐々に変質して行ってしまう。他の女性に心移りして、美咲を都合の良い女として扱うようになったつばさ。そして、つばさのそんな変化に気付きつつも恋心を止められなかった美咲。そして、東大生5人によるおぞましい事件が起こってしまう…。

小説と実際の事件の相違点

東京大学工学部に進学した主人公つばさは高校の頃から続けていたスポーツ、パドルテニスを足を怪我したことをきっかけに辞めてしまう。そして、後輩の三浦譲治から『実入りのよいインカレの立ち上げに参加しないか』と、男女の出会いに重きを置いた 「星座研究会」に誘われる。つばさは誘いに乗り、譲治、エノキ、和久田、國枝の5人で遊びのつもりで「星座研究会」を創設、運営していく。しかし、この「星座研究会」の活動内容は次第に変質していく。
女子学生を品定め・ランク付けし、 女子学生に芸能界への繋がりをチラつかせて巧みに騙し、セクシー画像・動画を撮り、それを秘密裏に販売することで儲けたり、肉体関係を持つことが目的となっていく。そして、その活動の中で彼らは『東大生』であることを鼻にかけ、自分達以外を見下し、女子は『東大生』である自分達に対して『下心』を持って近づいてくるものという偏見を深めていく。

そんな中でつばさは美咲と出会う。当初は純粋で素直な美咲を愛おしく感じていた、つばさ。一方で美咲も、今まで恋愛で好機を逃し続け、『誰からも選んでもらえない』と感じていたため、つばさに『見出された』ことに感激し、処女を捧げ、従順に慕って行く。
しかし、二人の関係は長くは続かなかった。
つばさは祖母を通して知り合った、家柄の良い帰国子女の東京女子大生、和泉摩耶に心移りし、美咲に冷淡になっていく。一方で美咲はそんなつばさの変化を敏感に察しながらも、見て見ぬふりを続け、結果セフレの様な関係に陥り、その後は「星座研究会」の数合わせ要因として利用されるようになる。

事件の夜、「星座研究会」のメンバーは女子学生の勧誘や性交を目的としない『ただの普通の飲み会』をするつもりであり、つばさは『盛り上げ要員』として美咲を居酒屋に呼び出す。しかし、飲み会の最中に東大生達のグループライン内である種の微妙なマウントの取り合いが発生する。その最中、ライン上でつばさが美咲がGカップであることを暴露し、彼女の裸の画像を載せる。酒に酔った彼らは『酒の席を盛り上げるため』に美咲を脱がせることを決意し、彼女に難しいクイズを出しては、答えられないとペナルティとして酒を飲ませ続けた。
美咲は不愉快に感じながらも、つばさの手前それを拒否できなかった。
その後、酷く酔った美咲は帰ろうとするも、つばさから強引に誘われ断ることが出来ず、『二次会』としてエノキのワンルームマンションに連れていかれる。そして、そこで上記の事件が起こってしまうのだ。

小説と実際の事件の流れはほぼ同じであるが、唯一決定的に違うのは、実際の事件では被害者の女子大生と肉体関係を持ち、彼女を飲み会に呼び出した元東大大学院生の松本が、女子大生に対して恋愛感情を全く持っていなかったことである。

そして、実際の事件においても報道では当初被害者が共犯の一人に恋愛感情を持ち、肉体関係があったことを伏せていたため、逆に『酔った状態で複数の男性がいる部屋に行くなんて無防備過ぎる』『下心や性交渉に対して同意があったのではないか』と逆にバッシングされることに繋がったのだ。
本作品では、報道で省かれていた被害者と共犯一人の関係について焦点を当てることで、事件の本質を描こうとしている。

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事件の本質と裁判官の見解

また、東大生5人は被害者美咲を強姦・輪姦する意図は無かった。何故なら彼らは美咲を品定めした際『DB(デブでブス)』『ネタ枠』とみなしており、欲情した訳では無いからだ。小説においては下記の加害者の1人である和久田の独白がそれを物語っている。

自分が輪姦されそうだとでも思ったわけ?あんたネタ枠ですから。だれも、あんたとヤリたいなんて思ってませんでしたから。あんたの大学で、あんたの顔で、あんたのスタイルで、輪姦されるとでも思ったんすか?思い上がりっすよ


姫野カオルコ著 彼女は頭が悪いから 文春e‐Book No.5620/6025

しかし、性的な意図があろうが無かろうが、彼らの行為が許されるわけはない。事件当日のことはもちろん、普段からのサークル活動の内容も注目され、彼らは裁かれることとなる。

裁判ではこの事件の夜の飲み会について、被告側が『異性との乱交を目的としたものではなく、おもしろおかしく飲むだけの会であった』と主張したが、逆にその発言から裁判官に『平素より計画的に性交を目的とした集まりを開いていた』とみなされ、

本件は、集団で被害者を全裸にし、被害者が拒否しているにもかかわらず、被告人ら全員で被害者の体をさわり、叩き、蹴るという執拗で卑劣な犯行様態を呈するものである。特に被告人(主人公つばさ)は、被害者から好意を寄せられ、被告人に対して従順であることをいいことに、被害者を現場に連れて行ったのであり、他の被告人の行為を制止しようとするどころか煽り立てていた。被告人中、最も悪質といえよう。学生の悪ふざけと評価することはとうていできない。


姫野カオルコ著 彼女は頭が悪いから 文春e‐Book No.5736/6025

上記の様に断罪される。なお、裁判の流れ、判決の見解はほぼ実際の事件通りである。

登場人物、キャラクターについて~実際の加害者との相違

本作品は登場人物の学歴・経歴・家柄・親の職業に非常に重きを置いている。また、作中加害者に下された判決・処分は概ね実際の事件の通りである。

主人公二人

神立美咲
学歴:公立中学→県立藤尾学園→私立水谷女子大学
給食センターに勤める父と実家のクリーニング店を手伝う母、そして弟と妹がいる。優しく真面目で穏やかな性格をしているが、自己主張することは少なく、周囲に流されやすい。そして古い価値観を持つ家庭において『長女』としての役割を果たしてきたことから、自分が折れて我慢することで物事を丸く収めようとする癖がある。その性格が災いして、恋愛において好機を逃し続けてきた。オクトーバーフェスで出会ったつばさと恋仲になるが、すぐに飽きられて、都合の良いセフレの様に扱われていく。事件の夜は、つばさの思惑を知る由もなく、彼の気持ちを確かめるために飲み会に赴く。
事件当時、飲み会『一次会』では、加害者となる東大生達の言動に不快感を持ちながらもつばさの手前、飲酒を拒否できなかった。『二次会』では加害者達のワイセツ行為に強いショックを受け、一時的に失語状態になり抵抗できなくなる。
しかし、その後犯行現場となったエノキのマンションから逃げ出し、近くにあった公衆電話から警察に通報し保護される。

瞳が大きく愛嬌のある顔立ちをしているが、ややぽっちゃりしている。Gカップ。

竹内つばさ
学歴:公立中学→横浜教育大学附属高校→東大理Ⅰ(工学部)→東京大学大学院修士1年
父は北海道大学卒で農林水産省勤めの官僚。母は学芸大学卒で教職についたが、一年程で退職し、父と結婚しその後専業主婦となる。東大文Ⅰに行った兄、ひかるがいる。合理的な思考の持ち主で、自分や他者の心の機微に鈍感で省みることが無い。高校からパドルテニスに没頭するも、後にケガをしたことで離れる。
東大入学後、女性にモテる様になった反面、寄ってくる女性が皆『東大生』という肩書目当てであるような錯覚に陥っていく。そして、三浦譲治から『実入りの良い話』といて『星座研究会』に誘われ、その活動に加担していく。
オクトーバーフェスで出会った美咲を当初は愛おしく、大切に思うものの、祖母を通して知り合った家柄の良い東京女子大学に所属する和泉摩耶に惹かれて以降は美咲に対して急速に興味を失い、セフレ、都合のいい存在として冷淡に扱うようになる。
事件の夜、『盛り上げるため』に美咲を飲み会に呼び出した。共犯として裁かれ、懲役2年執行猶予4年の有罪判決。 東大は退学処分となる。
実際の人物: 松本昂樹(こうき)
学歴:東京学芸大学附属高校→東大理Ⅰ(工学部) →東京大学大学院修士1年
高校からハンドボールを始めるも、後にケガをして離れる。被害者の女子大生と肉体関係を持ち、彼女から好意を持たれていたものの、松本被告自身は女子大生に恋愛感情を持っていなかった(小説との大きな違い)。飲み会を盛り上げるために被害者となる女子大生を呼び出す。懲役1年10月、執行猶予3年(求刑懲役2年)の有罪判決。 東大は退学処分となる。

事件に関わった東大生

三浦譲治(事件の主犯)
学歴: 私立麻武→東大理Ⅰ(工学部) の4年生
母は外資系薬剤メーカー『パーシー&リンド』に勤めるキャリアウーマン。父は大手銀行系列のフィナンシャル会社勤め。慶應医学部の妹がいる。母の不在時に風俗嬢を家に呼ぶ父を嫌悪している。 小柄で華奢で社交的で、元々合コンの斡旋で金銭を得ていた。インカレのダンスサークル「ダージリン」に所属していたが、慶應の女子学生とトラブル (互いに酒に酔った際、下着姿になった女子学生の動画を有料で販売) になったことで出禁になる。このことを契機に男女の出会いに重きを置いた、インカレサークル「星座研究会」を立ち上げる。
事件の夜、酒に酔い『盛り上げ要員』としてつばさから差し出された美咲に酒を飲むことを強要し、『二次会』では『肛門を割りばしでつつく』『陰部にドライヤーで熱風を当てる』『馬乗りになってカップ麺を食べ、胸に麺を落とす』等の行為を行う。
事件翌日に逮捕。主犯格として裁かれ、 懲役2年執行猶予4年の有罪判決。 東大は退学処分となる。
実際の人物:松見謙佑(けんすけ)
学歴:私立武蔵中学高等学校 →東大理Ⅰ(工学部) の4年生
父親は東大法学部出身の元大手都銀のバンカー。東京大学では複数のサークルに所属するも酒癖が悪く、女子学生にセクハラを繰り返したことで出禁になる。そのため、自ら「誕生日研究会」というインカレサークルを立ち上げる。 しかし、その実態は女性を品定めし、酒に酔わせてわいせつ行為をすることを目的としたものであった。懲役2年執行猶予4年の有罪判決。
東大は退学処分となる。

石井照之(エノキ)
学歴:広島県立春日高校→東大理Ⅰ(工学部) 4年生
ひょろっとしていて姿勢が悪いことから、「エノキ」というあだ名で呼ばれる。
インカレのダンスサークル「ダージリン」に所属していたが、 友人の譲治が出禁になったことをきっかけに辞めて、共に「星座研究会」を設立する。「星座研究会」の他のメンバーと異なり女性にモテない。へりくだった態度を取っており、メンバーの中でも一段低い地位にいる。 また、加害者達の中で唯一苦学生で、バイトに追われている。
彼のワンルームマンションが「星座研究会」の犯行現場として使われていた。事件の夜当日は、『二次会』から参加。
父親は広島大学卒で広島県福山市内の公立中学校の校長。母親も広島大学卒で、教職についていたが、出産を機に退職。その後は珠算塾を開いている。 共犯として裁かれ、懲役1年執行猶予3年の有罪判決。東大は退学処分となる。
実際の人物:河本泰知(たいち)
学歴:岡山県立岡山朝日高校→東大理Ⅰ(工学部) 4年生
父親は岡山県で教職についていた。「誕生日研究会」で唯一の苦学生で、彼の部屋が犯行に使われていた。
懲役1年6か月執行猶予3年の有罪判決。東大は退学処分となる。

和久田悟
学歴:県立金沢鏡丘高校→東大理Ⅰ(工学部) →東大大学院1年
数学コンクールで優勝した経歴がある。長身で女子学生からは『シャイでいい人』とみられることが多い。実家は書店を営む資産家で父母は金沢の文化サロンで知られた存在。遠縁に参議院議員の和久田まさ子がいる。
事件後は美咲の示談条件を受けいれ、東大大学院を自主退学したため不起訴となる。その後、加賀国際教育交流財団からの奨学金を受けてマサチューセッツ工科大学大学院へ留学する。
実際の人物: 藤田智之
学歴:福井県立藤島高校→東大理Ⅰ(工学部) →東大大学院1年
全国数学選手権大会にチームで出場し、優勝した経歴がある。衆議院議員の山谷えり子の遠縁。事件後被害者からの示談条件を受けいれ、東大大学院を自主退学し、不起訴となる

國枝幸児
学歴: 東大理Ⅰ(工学部) →東大大学院 1年
シングルマザーで子育てや教育分野でコメンテーターをしている母を持つ。お洒落で社交的。母親が芸能界で活躍していることをネタにして「星座研究会」の中で女子大生を騙すのに一役買う。在学中に『東大生が教える無駄のない24h』という本を出版している。
事件後は美咲の示談条件を受けいれ、東大大学院を自主退学したため不起訴となる。 事件後は坊主頭にする等して周囲に対して反省している態度を見せつつも、母親と共に狡猾に今後の身の振り方を考えていく。
実際の人物:生嶋一生
学歴:東京都立国際高校→東大理Ⅰ(工学部) →東大大学院1年
在学中に『考える時間の9割はムダ』という本を出版している。事件後被害者からの示談条件を受けいれ、東大大学院を自主退学し、不起訴となる

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まとめ~実在の人物の経歴から登場人物や事件を再構築している本作

上記のことから分かるように、この作品の流れはかなり実際の事件に寄せている。実際の事件でのサークル名が「誕生日研究会」であったのを作中では「星座研究会」と変え、その活動の内容を女子大生の画像・動画を販売する等より凶悪なものとしているが、実在の「誕生日研究会」もいわゆる『ヤリサー』であったことは事実で『今度はAVを撮ろう』と女子大生のわいせつ動画を取ることを予定していたことが裁判中明らかになったので、大差ない。裁判の流れもほぼ一緒である。また、事件に関わった東大生の経歴もかなり実在の人物からなぞったうえで人物像を練っている。作者姫野カオルコ氏は相当な執念を持って本作を書いたのだろう。作品への感想・批判・考察については後編で書いていきたい。

おまけ~表紙のイラスト、ジョン・エヴァレット・ミレイの『木こりの娘』に込められた意味

姫野カオルコ著 彼女は頭が悪いから 文春e‐Book

この小説の表紙はジョン・エヴァレット・ミレイという画家の『木こりの娘』という作品である。木こりである父親の仕事についていった少女が金持ちの領主の息子にイチゴをもらったことで親しくなる…そんな微笑ましい絵画なのだが。2人はその後距離を縮め恋に落ちたが、木こりの娘が報われることはなく、彼女は不幸になってしまう…そんな物語が秘められた絵なのだ。
まさに、この小説のつばさと美咲の関係を表すのにぴったりな絵画である。

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