夏オススメ・ホラー【小説】向日葵の咲かない夏【感想・ネタバレ】『僕』と共に体験する絶望の夏休み

向日葵の咲かない夏 表紙

Warning: Undefined array key 4 in /home/yage/nekokurage.com/public_html/wp-content/themes/first/functions.php on line 501

Warning: Undefined array key 6 in /home/yage/nekokurage.com/public_html/wp-content/themes/first/functions.php on line 506

夏…社会人になってしまうと、四季の一つになってしまうそれは、子どもの頃は違った輝きを持っていたのではないか。そう、何故なら『夏休み』があるからだ。学校生活から解き放たれた自由度の高い日々が無限と思えるほど長く続き(そうやって余裕ぶっこくと宿題で泣く)、祭りに旅行や親実家への帰省等非日常的なイベントが多い。誰しもがそんな特別なノスタルジーを『夏休み』に抱いているからこそ、TVゲーム『ぼくのなつやすみ』がヒットを飛ばすわけである。
しかし、夏休みは夏休みでも、今回紹介する道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』は『ぼつのなつやすみ8月32日バグ』以上の『絶望の夏休み』である。公式の内容紹介が秀逸なので載せておく。

夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫 

一応ジャンルはサスペンス・ミステリーとなってはいるが、私個人としてはそこに『ホラー』を追加しても良いのではないかと考えている。
本当に下手なホラー作品より心身が冷える作品なのだ。

スポンサーリンク

Contents

あらすじ

小学4年生の『僕』ことミチオは両親と3歳の妹ミカの4人で暮らしている。しかし、家中にゴミを溜め込む母は何かとミチオを『嘘つき』『馬鹿』と罵り冷酷な態度を取り、ミカだけを溺愛する。父はそんな母に見て見ぬふりを続けている。また、町では口に石鹸を詰め込まれ、後ろ足を折られた犬、猫の死体が相次いで見つかるという猟奇的な事件が起こっており人々を不安に陥れていた。そんな陰鬱な日々を送るミチオの心の拠り所は自身に懐いているミカ、何かと知恵とおまじないによる予言を授けてくれる製麺所のトコお婆さん、そして気だるげなクラスメイトのスミダさんだ。

夏休みを迎える終業式の日、ミチオは担任の岩村先生に頼まれ欠席した、いじめられっ子のS君の家にプリントと宿題を届けに行く。しかし、大きなヒマワリが沢山咲き誇るそこで目にしたのは、首を吊ったS君の死体だった。慌てて学校に戻り岩村先生たちにそのことを告げるミチオ。しかし、首を吊ったような痕跡は残っていたものの、警察が駆けつけた時、S君の死体は消えてなくなっていた。事件は公にされないまま、警察による捜索がされるも、S君の死体は見つからなかった。

その後、誰からも何も連絡を受けることなく夏休みを過ごすミチオ。しかし、事件から7日後、ミチオとミカの前に現れたのは、蜘蛛に生まれ変わったS君であった。そして、彼はミチオとミカに驚くことを告げる。

「僕は、岩村先生に殺されたんだ」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  110/470

驚き理由を尋ねるミチオ。しかし、S君は言葉を濁し、『ミチオとミカ自分に協力してくれれば岩村先生が自分を殺した理由を教える』と答える。町を騒がせる犬猫殺しの犯人も岩村先生だと言う。そして、『消えてしまった僕の身体を見つけて欲しい』とミチオとミカに訴えるのであった…。

一方、S君の近所に住む年金暮らしの独居老人、古瀬泰造は警察から事件当日のことについて尋ねられるも、『あること』を話すことができずにいた。その後、『S君が自殺し、その死体が消失した』と言う噂を聞いた泰造は図書館である本について調べる。そして、『S君は…自殺じゃない』と震撼するのであった…。

以下、ネタバレ

ミチオと泰造の邂逅、明かされる担任の岩村先生の本性

蜘蛛になったS君と妹ミカと共に真実を探るミチオに待ち受けるのは『一夏の冒険譚』と言うにはあまりに陰惨なものであった。皆でやや無謀な計画を立てたり、スミダさんのことでS君から、からかわれたりと子どもらしく微笑ましいやり取りもあるのだが、ミチオは残酷な真実を目の当たりにすることとなる。

もう一人の主人公とも言える老人、泰造はS君の事件がかつて読んだことのある小説『性愛への審判』と似ていることに気付く。少年を殺害し、その遺体に悪戯をするという、その小説の作者が町に潜んでいると悟り、事件当日の朝、S君が誰かと喋っていた事に気付いた泰造。しかし『ある理由』から中々それを警察に打ち明けられずにいた。

一方、岩村先生の家に忍び込んだミチオは岩村先生が少年の裸の写真を収集していることを知り、更にそこで岩村先生自身が撮った裸のS君の動画を目にしてしまうというショッキングな経験をする。

ミチオと泰造は邂逅し、泰造はミチオに小説『性愛への審判』の存在を告げる。トコお婆さんのおまじないの予言の助けもあって『性愛への審判』を書いたのが岩村先生自身であることを悟ったミチオ達。ミチオは顔見知りとなった刑事に小説の存在を知らせようとする。しかし、岩村先生に先手を打たれ、脅されてしまいそれを果たすことはできなかった。

遺棄され発見されたS君の遺体、殺害されるトコお婆さん

その直後、S君の遺体が発見された。何者かに遺棄されたそれをS君の飼い犬のダイキチがS君の自宅まで引っ張ってきたのだ。後ろ足は折られていなかったものの、遺体の口の中には石鹸が入っていた痕跡があった。ミチオとS君は動揺するも、死体の遺棄は自身の犯行が発覚することを恐れた岩村先生の仕業だと考える。

しかし、更にショッキングな出来事がミチオを待ち受けていた。テレビでトコお婆さんが何者かに殺害されたうえ、口の中に石鹸を詰められ、後ろ足を折られた状態で発見されたことが報道されたのであった。自身を支え、味方でいてくれたトコお婆さんの死にミチオは悲しみと怒りを覚えるのであった。

生前猟奇的な行動を繰り返していたS君。そんなS君を信用できなくなるミチオ

S君の遺体発見の顛末について情報を集めるため、ミチオは蜘蛛になったS君とともに、S君の母に話を聞きに行く。しかし、そこでミチオはS君が生前に理解しがたい行動をしていたことを知る。『Sは飼い犬のダイキチに腐った肉を持ってこさせる訓練をさせていた…それはまるで死体を持ってこさせるためのようであった』と語るS君の母。それを聞いて動揺するミチオにS君の母は『Sは子猫を瓶に閉じ込めて殺した』と言う話をするのであった。

それを知ったミチオはS君のことを信用できなくなる。一連の犬猫の怪死事件の犯人がS君立ったのではないかと疑うミチオだったが、S君から『今の自分ではトコお婆さんを殺せないし、今までの犬猫の事件の犯人とトコお婆さんを殺した犯人は一緒だろう』と否定されてしまう。 しかし、この事をきっかけにミチオとS君の関係は急速に険悪なものとなっていく。

妹のミカと親密になっていくS君に対して嫉妬の念もあって、瓶の中にいるS君に巨大な女郎蜘蛛をけしかけてしまうミチオ。すぐさまS君を助けだし反省したものの、ミチオは自らの持つ残虐さを知り戸惑う。その後、ミチオはミカとS君の三人で手持ち花火に興じて一度は明るい気持ちになるものの、すぐに一連の出来事による哀しみや恐怖、そして妹のミカに対する複雑な感情により再び混乱していくのであった。

真相解明?明かされるS君と泰造の関係…しかし、ミチオは蜘蛛のS君を殺してしまい…

しかし、ミチオはS君が犬猫殺しに関わっているという決定的な証拠を見つけ出す。それは始業式にミチオが岩村先生から預かったS君へ渡すプリントに紛れていた、返却されたS君の作文用紙であった。そこにあった、作文を書く前につけられた様な跡(×印状に窪んでいる)と、以前学校から配られた町の地図を重ねると、犬猫の死体の発見現場と一致するのだ。そして、それは作文の提出時にはまだ新聞で公にされていなかった箇所も含まれたのだ。

言い逃れできなくなった様子のS君。しかし、度々ミチオと関わる泰造こそが犯人だと言う。ミチオは一人で泰造の元へ向かい、真相を問い質す。そこで泰造が語ったのは驚くべき話であった。

幼少期の経験から『死体の足を折らないと死者はよみがえり復讐をする』という強迫観念を持っているという泰造。そんな泰造はある日、家の近所で殺された犬の死体を発見する。強迫観念にかられた泰造は犬の死体の後ろ足を折った。しかし、犬を殺したのはS君で、泰造を自分と同じ歪んだ嗜好を持っている…泰造が好んで犬の後ろ足を折ったと勘違いしたS君は、その後犬猫を殺害し続け、その死体を泰造に提供し続けたのだ。学校からもらった地図に×印をつけ泰造に渡し、たから探しの要領で犬猫の死体を隠して(原稿用紙はS君が地図に×印を書いたとき、地図の下にあったので、×印がうつった)。泰造は孤独さから心を歪ませたS君を止めることが出来ず、その奇妙で残酷な遊びに付き合い続けたというのだ。

だが、泰造はS君の死体は持ち去っていないと言う。元々犬猫の死体の足を折り続けてきたのは自分だと警察に自白しようか否か迷っていたという泰造はミチオが真相を尋ねに来たことで自白する決心が定まったと感謝する。
しかし、事件の報道から目を背けていた泰造は『トコお婆さんが殺害され、石鹸を口に入れられ後ろ足を折られた状態で発見された』ということを知らなかったようで、『自分はトコお婆さんを殺していない』と言うも『自分が犬猫の死体の足を折り続けたことで、トコお婆さんという老婆が模倣犯により殺されたのかもしれない』と後悔するのであった。

その後、再びS君の家を訪れたミチオは『あるもの』を探し、見つけ出す。

帰宅したミチオは今までS君が嘘を吐き続けてきたことを責める。しかし、S君は反省した様子を見せず、怒ったミチオはS君を手で直接掴み、もう嘘を吐かないように脅す。実力行使に出たミチオに手も足も出ないS君は反省した様子を見せる。しかし、S君が『本当のことを全部話す』と言って語ろうとした瞬間、ミチオは蜘蛛のS君をその手で潰し、殺してしまうのであった。そして、潰れたS君を妹のミカに食べさせたミチオは再び泰造の元に向かうのであった。

「ぜんぶ、終わらせるからね」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  379/470

スポンサーリンク

以下、本当の真犯人・結末を含むネタバレと考察・感想

※以下は物語の最大の仕掛け、根幹に関わる重大なネタバレを含みます。これを知ってしまうと読んだ時の面白さが減少する恐れがあります。

冒頭から作中には何とも言えない違和感、異様さが漂っている。当然のように蜘蛛に輪廻転生したS君の存在だったり、 3歳と幼いはずの妹、ミカはやたらと賢く大人びていたり。ミチオが想いを寄せるスミダさんや良き相談相手であるトコお婆さんもあっさりとS君の存在を受け入れる。

その違和感の正体は、再び泰造の元を訪れたミチオの話から明らかになる。そして、それはこの物語の在り方を根本から覆すものとなるのだ。

泰造のついた嘘を指摘し、真実を突き付けるミチオ

再び泰造の元を訪れたミチオは泰造の数々の嘘を指摘する。泰造のついた嘘は大別すると『死体の足を折り続けたのは恐怖のため』『S君の死体を持ち去っていない』『トコお婆さんを殺したのは自分じゃない』という3つだ。

『死体の足を折り続けたのは恐怖のため』…最初はそうであった泰造。一年前、近くで少女が轢き逃げされ死亡する事故があり、泰造はその目撃者であった。犯人は逃げ去り、轢かれた少女は死の間際、泰造を犯人だと勘違いし、呪詛の言葉を吐いた。恐怖にかられた泰造は少女の足を折るが、その後そのことがきっかけで、自身のトラウマを作った幼少期の事件を調べ、恐怖を克服したとミチオに語る。そして残ったのは『死体の後ろ足を折りたい』という欲求だった。泰造はS君から提供された犬猫の死体の後ろ足を喜んで折っていたことを認めた。

『S君の死体を持ち去っていない』…これは完全な嘘だった。S君は自殺して、自身の死体を泰造への最後のプレゼントにしたのだ。当初は自身が殺した犬猫の死体を回収するため、腐った肉等を使って飼い犬のダイキチに死体を回収する訓練をしていたS君。しかし、泰造に死体を提供するようになって以降、S君は殺した犬猫の口にダイキチが嫌いな石鹸を詰め込み、死体に寄らないようにしていたのだ。
口の中に石鹸を含んだ状態で首を吊ったS君。しかし、首を吊った勢いで口から石鹸は飛び出してしまい、アブラムシに刺され巾着状に縮んだヒマワリの中に入り込んだのだ。ミチオがS君の家で見つけ出したのはこの石鹸だったのだ。そして、泰造はS君の死体を回収したものの、ミチオに先にS君の死体を発見されてしまったことから、捜査をかく乱するため、S君の死を他殺に…それも岩村の犯行に見せようとミチオや警察を誘導し続けたのだ。しかし、物置に入れていたS君の死体を足を折る前にダイキチに嗅ぎ付けれてしまい、持っていかれてしまったのだ。

そして最後に『トコお婆さんを殺したのは自分じゃない』という嘘…。『私は人殺しはしていない』と主張する泰造。S君の死後、欲求を解消できなくなった泰造は初めて自ら三毛猫を殺害し、後ろ足を折ったのだ。しかし、老婆なんて殺していないのだ。すると、ミチオは驚くことを言うのだ。

「僕、人殺しなんて言ってない」「トコお婆さんはね、お爺さんが殺した三毛猫だよ」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  409/470

猫と百合、そしてトカゲ…ミチオだけに見えている世界

それを聞いて驚く泰造。ミチオはトコお婆さんについてこう語る。製麺所のトコお婆さんは2年位前に亡くなった。しかし、その数日後、トコお婆さんの面影を感じさせる三毛猫がやって来た。ミチオや製麺所のおじさんはこの猫を『トコお婆さんの生まれ変わり』と信じ、そう接してきたのだ。

そして、ミチオは『お爺さんはスミダさんにも酷いことをした』と言う。ミチオはスミダさんが一年前に轢き逃げされ死に、泰造が足を折った少女で、今は百合の花に生まれ変わっているというのだ。

ミチオの言っていることが分からず、困惑する泰造。そんな泰造にミチオは言う。

「僕、物語を終わらせたくなったんだ」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  413/470

そして、ミチオは抱え込んだ瓶に向かって同意を求める仕草をする。以前から度々こういった仕草をするミチオに泰造は尋ねる。

「君は―」
「どうしてトカゲに―」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  415/470

その言葉にミチオは激昂する。

「トカゲじゃない!」
「ミカをトカゲなんて呼ばせない。誰にも」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  415/470

…トコお婆さんは三毛猫、スミダさんは白い百合、そして妹のミカはトカゲ。『生まれ変わり』を信じ、主張するミチオ。彼に好意的に接してくれる人物は皆、死者なのだ(この辺りの伏線はしっかりと張ってある)。なんて残酷なのだろう。『主人公が語っている相手は人間ではなかった』というのは、一部で熱狂的な信者を生み出したCRAFTWORKの電波アダルトゲーム『さよならを教えて』等にも見られる設定であるが、やはりショッキングだ。 直木賞を獲った『月と蟹』もそうだけど、道尾秀介は本当に子どもの絶望を描くのが上手い。

そしてミチオは『物語を終わらせるため』と、泰造に一連の犬猫殺しとS君殺害の罪を被り自殺する様に迫る。ミチオの言動に恐怖した泰造はこれを拒み逃走する。しかし、ダイキチを利用したミチオの追跡を拒むことはできず、泰造はミチオに殺されてしまうのであった…。

ミチオの過去、母が心を病んだ理由…そしてミチオが選んだ道は…

しかし、まだまだ謎は残っている。S君は何故死んだのか。故人であることが分かったトコお婆さんとスミダさんに対して、ミカの正体は何であったのか。『生まれ変わり』なんてものは本当にあるのか。そして、ミチオの言う『物語』とは何なのか。それはミチオとカマドウマに『生まれ変わった』泰造との会話で明かされる。

ミカのご飯…蠅などの虫を捕まえていた際、ミチオはカマドウマに生まれ変わった泰造を見つけて、部屋に連れ帰ったのだ。数日ミチオの部屋で過ごした泰造(カマドウマ)は、『S君が自死した理由』をミチオに尋ねる。最初はシラを切るミチオであったが、『ミチオ自身がS君を自殺に追い込んだ』ということを認める。夏休み明けの演劇会が嫌で仕方なかったミチオは、ペアを組んでいたS君に、終業式の朝、学校に行く前にS君の家に寄って『死んでくれない?』と言ったのだ。怒ったように一言『僕に死んで欲しいの?』と返したきり黙ってしまったというS君。しかし、ミチオは本当にS君が死んでしまうとは思っていなかった。そして、S君に謝りたく、そしてまさか死んでいないか確認するために、S君にプリント類を届けに行く役を買って出たのだ。

そしてミチオは何故、母が精神を病み、ミチオを虐げるかについて語る。三年前の母の誕生日のことだった。母にプレゼントとして花を買ってきたミチオは花を下駄箱の中に隠し、2階の子ども部屋にいた母に向かって『火事だ!』と叫んだ。サプライズで母を驚かせ、喜ばせようとしたのだ。しかし、慌てた母は階段を踏み外してしまい…、そのときお腹の中にいた胎児を流産、子供を産めない体になってしまった。
エコー写真の胎児の姿をトカゲの様だと思っていたミチオ。なので、写真によく似たミカ(トカゲ)を庭で見た時、すぐにそれが妹のミカの生まれ変わりだと分かったのだと言う。一方、母は流産の原因を作ったミチオを『馬鹿』『嘘つき』と憎み続け、人形をミカだと思い込み、溺愛しているのだ。(ミカはトカゲと人形の『二人一役』であったことが分かる)。

…では、そもそも『生まれ変わり』なんてものは本当にあるのだろうか?泰造(カマドウマ)は『蜘蛛に生まれ変わったS君が、ミチオに対して「自分は殺されて体を探してほしい」と頼む』ということの矛盾について言及する。ミチオはS君に自殺を求め、S君もそれに従ったまでだ。泰造は言う。『きみは、自らがS君の自殺の原因を作ったことを認めたくなくて、話を作っているだけなのだと』

しかし、泰造のその指摘は、暗にS君の生まれ変わりだけでなく、ミカやトコお婆さん、スミダさんの生まれ変わり、そしてたった今、話をしている泰造の存在をも否定することに他ならない。全てミチオの妄想、罪の意識と現実から逃げるために作られたストーリーなのだと。

「誰だって、そうじゃないか」
「僕だけじゃない。誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。自分だけの物語の中に。その物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、何かを忘れようとしてるじゃないか」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  443/470

そう叫ぶミチオ。しかし、『このままでいいのか?』と問う泰造に、『よくない』と答え、『物語を壊す』と決心する。そして、残っていた手持ち花火を使って、自室に火を放つのだった。

『きみにはもう、これしかなかった』と言う泰造(カマドウマ)の哄笑が響く中、ミチオの部屋、そして家は炎と煙に包まれていく。駆けつけた両親の目の前でミカ(人形)を燃やすミチオ。怒り狂い叫ぶ母を押さえ込みながら父は『逃げよう』とミチオを連れて逃げようとするが、ミチオは拒み、『お父さんとお母さんの二人で逃げて』と告げる。そして、視界が歪む中、二人に問うのであった。

「最後に、一つだけ教えて」
「知ってる?―僕、今日で十歳になるんだよ」

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  458/470

火炎に囲まれる中、ミカ(トカゲ)の入った瓶を抱きしめるミチオ。意識が遠のく中、父と母が手を伸ばしてくる様を見て、そして母が三年ぶりにミチオの名を呼ぶのを聞くのであった。

ラスト~ラスト3行を見逃してはいけない

本作のラストシーンはこうだ。家の焼け跡の前に佇むミチオはミカ(トカゲ)、そして父と母と会話をしている。ミチオは火傷を負ったものの軽傷で済んだのだ。父・母との会話からあの火事でミチオが意識を失った後、母が部屋の窓を開け、そして父がミチオとミカ(トカゲ)を窓の外に投げ出してくれたからだ。家は焼け落ち泰造(カマドウマ)は可哀想だが死んでしまっただろう。『そろそろ行こう』そう、父に促されたミチオ。住む家を失ったミチオを関西に住む親戚がこれから駅まで引き取りに来てくれるのだ。ミチオは父、母、ミカと待ち合わせ場所に向かって歩いて行くのだった…。

…気をつけて欲しいのはラスト、この場面の解釈である。
私の周囲にこのラストを『絆を取り戻した両親とミチオが新しい門出を迎えるハッピーエンド』と捉えてしまう人が何人かいた。…ちゃんとラストの3行を読んで欲しい。

太陽は僕たちの真後ろに回り、アスファルトには長い影が一つ、伸びていた。
首を振り、顔を上げる。
平気だよ、と、もう一度口の中で言った。

向日葵の咲かない夏 道尾秀介 新潮文庫  462/470

…伸びている影は一つで、親戚の家に向かうのはミチオ一人である。つまり、火事から生き残ったのはミチオだけで、父母は死亡。前述の両親との会話も、ミチオが何か虫等(恐らく母親はカマキリ、父親はクサガメ)を両親に見立てて一人で行っているに過ぎないことが容易に推測できる。親戚からは『葬儀の後』に待ち合わせの場所について何度も念を押されている。

ミチオは一度は終わらせようと決めた閉じた歪んだ世界から結局抜け出せていないまま終わるのだ。

絶望の二番底~読後落ち着いたらもう一度冒頭へ

そして、読後憂鬱な気分を味わって、少し落ち着き気持ちが回復したら再び冒頭を読んでみて欲しい。
まさに『絶望の二番底』といった感じで、より突き落とされたような気分を味わえるだろう。

…大人になってもなお、ミチオが狂気の世界に囚われたままだということが分かるのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください