夏オススメ・ホラー【小説】ぼっけえ、きょうてえ【ネタバレあり感想・考察】岩井志麻子が紡ぐ、恐ろしく奇妙で淫靡な世界

ぼっけえきょうてえ 表紙

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行ったことも無いくせに偏見を持っている土地がある。岡山だ。

私の中の岡山県は桃太郎の生まれた晴れの国ではなく、閉鎖的で因習渦巻く、物悲しくもどこか淫靡な土地なのだ。そして、それは全部、岩井志麻子のせいだ。岩井志麻子の書く『岡山もの』が強烈で私は岡山に対してもう、そう言ったイメージしか持てない。

恐らく世間が持つ岩井志麻子のイメージは、『豹柄の格好、もしくは豹のコスプレをした、とんでもない下ネタをいうオバハン』といったところだろう。しかし、彼女の本業は小説家。それもメインはホラー。そして、ホラー小説家としての彼女の実力はとんでもなく高い。その作品は直木賞候補になったこともある。

今回紹介したいのは、そんな岩井志麻子のホラー小説化としてのデビュー作『ぼっけえ、きょうてえ』である。第六回日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞受賞作品。『ぼっけえ、きょうてえ』とは岡山弁で『とても、怖い』という意味だ。

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Contents

あらすじ

「妾の身の上やこ聞いたら、きょうてえきょうてえ夢を見りゃあせんじゃろか」

ぼっけえ、きょうてえ 岩井志麻子 11/226

時は明治。岡山のとある遊郭で目と鼻が左のこめかみの方に吊り上がった奇妙な面相の女郎は遅くやってきた客にねだられ、少しずつ身の上話を語っていく。しかし、彼女の出自は陰惨で残酷、そして数奇なもの であった。中国山脈の端の貧しい寒村を襲った飢饉。間引き専業の産婆であった母。娘を犯す父。糞便とともに捨てられる赤子。“普通ではない姿”で生まれた双子の姉。水子の泣く川。遊郭で行われる残酷な仕置き。そして売れっ子女郎の死…しかし、女郎が語れば語るほど更に残酷な事実が明かされていき…。

テンポの良い岡山弁で語られる地獄の情景、そして秀逸なラスト

不思議なのは、聞き慣れていないにも関わらず、この岡山弁の女郎の語りはすらすらと耳に馴染んだ言語のように入ってくることだ。そして、紡がれる言葉が描く情景は、地獄、地獄、また地獄。生者の残虐さと死者の怨念が渦巻くその地獄は生臭い風と共にまざまざと読み手の前に広がっていく。 そして行きつ戻りつする話からは次々と新たな残虐な真実が浮かび上がり、唖然とするしかできなくなる。

とはいえ、本作はおどろおどろしいだけではない。身の上話の合間から伺える女郎の心根の優しさ、そして彼女の心の拠り所になっている温かな思い出は読み手にとって束の間の安息となる。…が、しかし、そこで油断しては岩井志麻子の思うつぼ。終盤に発覚する女郎の秘密と、最後のセリフ。読者は客の男と共に”ぼっけえ、きょうてえ”思いをすることになるのだ…。

『密告函』、『あまぞわい』、『依って件の如し』

そして表題作『ぼっけえ、きょうてえ』だけでなく、本書に収録されている他三作品も完成度が非常に高いのだ。簡単に紹介していきたい。

密告函

明治三十四年、岡山の小さな寒村。村役場に勤める片山弘三は小心者だが真面目な男で、賢くしっかり者の妻、トミと二人の娘と平穏に慎ましく暮らしていた。しかし、岡山県内で虎列刺病(コレラ)が流行り出し弘三の日常は一変する。感染力が強く、致死率が高い虎列刺の感染者を発見した場合は通報義務があるものの、無知な村人は治療施設への入院を嫌がり、感染者は身内を匿おうとするため、通報を巡り刃傷沙汰が起きたり通報者が村八分になることも珍しくもない。事態を重く見た村役場は『密告函(みっこくばこ)』という感染者を匿名で告発するための鍵付きの木箱を設け、弘三はその管理と開封、そして真偽の確認を押し付けられてしまう。人の恨みを買う仕事と投書に込められた怨念と悪意…それらに疲弊していく弘三は流れ者の拝み屋一家の怪しくも美しい娘、お咲に惹かれていくのだが…

あまぞわい

瀬戸内海にある竹内島の、とある“そわい“(潮が引いたときに現れる岩礁)は『あまぞわい』と呼ばれていた。女のすすり泣きが聞こえるというそれには、二通りの言い伝えがあった。一つは愛する漁師の夫を助けるために命を落とした健気な海女の亡霊が、夫を恋しがってすすり泣いているという言い伝え。もう一つは、美しい尼が漁師の男に強引に妻にされた挙げ句、飽きられ“そわい”に捨てられ溺死し、男を恨んですすり泣いているというものだ。海女か尼。果たしてどちらの言い伝えが真実なのか…

町育ちの酌婦だったユミは竹内島の武骨な漁師、錦蔵に身請けされ嫁いだものの、当の錦蔵からぞんざいな扱いを受け、漁村にも馴染めない。そんな空虚な日々を送るユミは、網元の息子でありながら足が悪く教員をしている恵二郎と不倫関係に陥る。だが、束の間の幸福に浸るユミに二体の女の物の怪が付きまとうようになり…。

依って件の如し

「悪いことなら口にすな。本当になるけん」153

明治半ば、岡山の北の寒村。母親が不吉な死に方をしたため、数えで七つになるシズと一回り歳の離れた兄、利吉は村八分一歩手前の扱いを受けながら、田圃を持つ由次、ナカ夫妻からこき使われていた。

貧しく身を寄せ合うようにして暮らしていた二人はある日、体は人で頭は牛の化け物…件(くだん)を見る。『良くない時に生まれ、良くないことを告げて死ぬ化け物』だというそれに利吉は『日本は戦争に勝ち、お前は死なない』と予言されたと言い、志願兵として日清戦争に行ってしまう。

残されたシズは由次とナカの家に住み込みで働くこととなり、牛小屋で寝起きし、ナカに虐待される過酷な日々を過ごす。

そんなある晩、何者かが由次一家を惨殺。牛小屋にいたシズは殺されず生き残るのであったが…

生者と死者の織りなす生臭くも幻想的な世界

岩井志麻子氏のホラーはどれも生者と死者の境界が非常に薄く、曖昧。それ故に血生臭く残酷でありながらどこか幻想的で美しい。この独特の世界観は他の作家にはなかなか真似ができないものだと思う。

人の業と性愛、そして因果を徹底して描く物語は心に残る。この記事を読んで少しでも興味を持った、あるいはテレビで面白いことを言う岩井志麻子に惹かれたことがある方は是非とも読んで頂きたい。

他、オススメの岩井志麻子氏の作品

溺死者の薔薇園…怪談集花月夜綺譚

ちなみに、短編としては『溺死者の薔薇園』もかなり好きなのだが、こちらは他の女性作家の作品と共に『怪談集花月夜綺譚』に収録。他の作品のレベルも高く、作家ごとの個性を楽しむことが出来るのでオススメ。

怪談集花月夜綺譚

べっぴんぢごく

長編作としては、『べっぴんぢごく』が好き。美女と醜女が一代交替で生まれる一族の因果を描いた大作。桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』と言い、一族の変遷を描いた年代記物的な小説が好みなのもある。

べっぴんぢごく 表紙

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