【漫画】ここは今から倫理です。【総評・感想・考察】倫理で生徒を救えるか?…葛藤する生徒と高校教師を通して『善く生きる』ことを問う良作【オススメ】

ここは今から倫理です。1巻表紙

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「中高で習った科目の中で一番好きだったのは何か?」

…もし、誰かにそう尋ねられたら結構迷うと思う。というのも勉強それ自体が好きで、どの科目もそれなりに楽しみながら勉強できていたからだ。しかし、きっと悩んだ末に私はこう答えるだろう。「倫理」と。

国数英といったメインの受験科目ではなく、倫理。同じ社会系の科目でも、まだそこそこ重要な歴史や地理でもなく、倫理。センター試験でちょいっと使うに過ぎない、倫理。と言うのも、他の科目と違って授業を受けた、勉強に費やした時間が圧倒的に少ないにも関わらずかなり印象が強く、よく覚えているからだ。母校の担当教師の授業の仕方が上手かったからというのも大きいだろう。ただ面白おかしく授業をするだけではなく、自分の頭で考えるということをさせてくれる先生であった。

そして、先生は倫理についてこう語った。「倫理の授業で学んだことが役立つのは受験本番ではなくその先。きっと君達が社会に出た後、何かに悩み立ち止まった時だろう」と。そして、アラサーになった今、彼の言葉は間違っていなかったと実感している。

そんな私が今日オススメしたい漫画は、倫理担当の高校教師が授業を通して生徒と向き合っていく雨瀬シオリの『ここは今から倫理です』。連載はグランドジャンプPREMIUM。

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Contents

『ここは今から倫理です』あらすじ

高等学校の公民科目の一つである『倫理』。それは哲学、道徳といった人倫を説く学問であるが、『学ばなくても将来ほぼ困ることはない学問』でもある。

しかし、そこには過去の偉人たちが遺した人生の真実への道しるべが詰まっている。

『知らなくてもいいけれども、知っておいた方がいい気はしませんか?』

ミステリアスでクールな高校教師、高柳は今日も倫理の授業を通して生徒達と向き合っていく…。

主人公の高校教師、高柳が持つ魅力

本作品の主人公は高校で倫理を担当する男性教師、高柳である。この高柳だが、非常にクールでミステリアスな雰囲気(と謎の色っぽさ)をたたえているため、当初はあよくある“最強系主人公”で倫理の授業を通して生徒の悩みをずはりと解決する無敵キャラクターであると思っていた。しかし、そうではなかった。

確かに高柳は妙に達観しどこか世捨て人の様な佇まいをしているが、読み進める程に彼が思慮深いが口下手で少し頑固、そして傷付きもすれば悩みもする、決してスーパーマンではない、不完全な血の通った人間であることが分かる。

そんな高柳は倫理の授業を通してさり気なく生徒達に寄り添おうとするが、飛び降り自殺をしようとする生徒を前にすれば取り乱すし、時には理屈や理論抜きにただ相手に向き合おうとするその姿勢自体が生徒を救う。
教師としての主義信条を重んじたあまりに生徒を突き放す結果になってしまうこともある。また、自身が役に立てずに終わるといじけてしまうこともしばしば。
そして、そんな自分の未熟さを常に痛感している。

それでも、高柳は生徒と向き合い続けることを止めない。その根底には彼の複雑な生い立ちや過去、そして自身の恩師への憧れもあるが、恐らくそれ以上に、哲学…愛智の精神、生徒を通して真実や正義というものを問い続ける探究心があるからだろう。

クールな様で意外と熱く、そして不器用。しかし、真摯に生徒と倫理に向き合う高柳はとても魅力的な主人公なのである。

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それぞれ悩みや疑問を持つ生徒達…彼らは授業を通して気付きを得る

そして、魅力的なのは主人公の高柳だけではない。

高柳の勤める高校はさほど偏差値が高くなく、生徒達の向学心も高いとは言えない。高柳の授業を受ける生徒達の大半が他の科目の抽選が外れたから…といった消極的な理由で倫理を選んだに過ぎない。

そんな生徒達は当たり前だがそれぞれが秘かな悩みや問題、夢や理想を抱えて生きている。

人間関係や自身の個性や能力についてといった普遍的な悩みや『何故勉強をしなくてはならないのか』『働きたくない』といった誰もが一度は抱いたことのある漠然とした不安や不満。反対に承認欲求とSNS関係、ゲーム依存症等、現在になって顕著になった問題もある。対物性愛やクロスドレッサー(トランスヴェスタイト) といった周囲から理解を得にくい個性を持った生徒もいれば、心の闇や隙から逸脱行為や犯罪に巻き込まれようとする生徒もいる。 また、悩みと言う程でもないけれども、人生にふとした疑問を持ったり。オムニバス形式で進む本作では、そんな生徒一人一人の物語が丹念に描かれていく。この生徒達の人間像や造形が現実の道ですれ違ってもおかしく無い様な自然さで、かつ個性的。

高柳は生徒達に倫理の授業を通して、“気付き”を与えていく。

しかし、皆が皆高柳の言葉を素直に受け入れるわけではない。高柳に対する反応も恋をする者、一方的な理想像を押し付けて勝手に失望する者、敵視する者…生徒達が抱く感情も実に様々だ。

しかし、そこは一期一会、袖振り合うも他生の縁。”出会い”というものは大なり小なり確実に変化をもたらす。高柳との出会い、そして彼から聞いた倫理の授業、その言葉は生徒達は自身の在り方を考えるきっかけを与えられる。それは生徒達が抱えていた不安や疑問をズバリと解決まではしてくれないものの、自分の力で気付き、考える手助けをしている。そして、以前よりもちょっとだけ前向きに過ごせるようになるのだ。

そんな彼等の様子を本作は淡々と、そしてどこかあたたかい眼差しで描いており、“青春もの”としても楽しむことができるのだ。

倫理で学んだことは『善く生きる』手助けになる

倫理は英検や漢検の様な資格があるわけではない。理数系の様にダイレクトに職に活かせるわけではない。歴史の様にその知識の深さを分かりやすくひけらかすことも出来ない。授業や受験勉強のために必死で覚えても普段は思い出して使う機会はない。高柳も作中、最初の授業で生徒達に『学ばなくても将来ほぼ困ることはない。』と説明する。

しかし、『倫理』と一言でまとめられているが、そこには紀元前から今までの、様々な哲学者、宗教家、政治学者、社会学者、心理学者といった多様な立場の先人の知恵が込められている。真実や正義、社会や人間の理想的な在り方…それを色々な切り口から追い求めた学問なのだ。

もちろん、高校の倫理の授業だけで彼等の思考や学説を全て学び理解することは叶わない。しかし、その“エッセンス”とでもいうべき物事の見方や考え方を知り身に付けることはできる。

冒頭でも述べたが、私自身も高校時代に倫理の担当教師から「倫理が役立つのは社会に出た後、何かに悩み立ち止まった時」と言われた。そして、作中に高柳も生徒達に『倫理が役立つのは死が迫った時、孤独になった時、信じられるものがなくなった時』と説く。これらについては全くその通りだと感じている。

最大多数の利益を優先するべきなのか。そこで、マイノリティの幸福をどう考えるか。正しい社会の在り方、人間の在り方とは何か。群衆の世論が必ずしも正しいのか。民主主義と衆愚政治の境界は何か。

何故生きていく上で必ず苦しみや怒りが生ずるのか。その苦痛から逃れるにはどうすれば良いのか。欲や煩悩さえ無くせれば本当に幸せになれるのか。

…社会に出ると否が応でも社会の在り方に疑問を抱いたり、個人的な苦痛に直面する。挙げればキリが無いし、一生涯かけても、一人の人間がこれらの明確な答えを見つけることはできないだろう。

しかし、そんな時に倫理は…多くの思考家達の残した知恵のエッセンスが寄り添ってくれる。『ああ、あの時授業で聞いた様な状況に自分は陥っているのだ』と思い出すことが出来る。

どうしても人間は何か辛いことがあったり、苦境に陥っているときは、ただ『辛い』という思いでいっぱいになってしまったり、『ムカつく』といった安易で漠然とした言葉で終わらせてしまいがちである。実際に人生には個人の力ではどうしようもなく、ただ時が過ぎて状況が変わるのを待つしかない時もある。しかし、そこで『自分は何を苦痛に思い、何に腹を立てているのか』『本当は何を求めているのか』『苦境から脱するにはどう思考し、どう行動すれば良いのか』ということを考えることができれば、心の中を整理して穏やかに過ごすことが出来たり、自ら苦境を脱するヒントを見つけることが出来たりする。

『別に知らなくてもいいけれども、知っておいた方がいい気はしませんか?』高柳は倫理について生徒達にこう語る。倫理で学んだ思考や学説はふとした時にさり気なく”善く生きる”ことの手助けをしてくれるのだ。

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倫理の知識がなくても楽しめるオススメの作品

作中では倫理の授業の内容、用語を分かりやすく簡潔にしてストーリーに落とし込んでいるので、倫理や哲学に対する知識がなくても充分楽しむことができる。また、哲学を学んだり、高校で倫理を選択したことがある人は『こんなの習ったな』と懐かしい気持ちになること間違いない。

それぞれ悩みながらも成長し前に進んでいく生徒達。そんな彼等と向き合い共に考える主人公高柳の織りなすストーリーは1話1話ヒューマンドラマとしての完成度が高く、青春ものとしての魅力を持ち合わせている。

倫理が好きだった人もそうでない人も楽しめる。ヒューマンドラマや青春ものが好きな人には断然お勧めできる、そんな良作である。

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