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『毒親』や『墓守娘』といった言葉が定着したのはちょっと前だが、母親と娘の愛憎を描いた作品は昔からあり、名作も多い。今回紹介する『イグアナの娘』は娘を憎悪する母とそんな母との関係に苦しむ娘の心理を鮮やかに描いた、少女漫画界の大御所、萩尾望斗の不朽の名作である。
表紙には愛らしい少女、しかし鏡越しに座っているのはイグアナ。この少女が”イグアナ”なのである。
しかし、タイトルは『イグアナの娘』。”イグアナな娘”でもなければ”イグアナ娘”、”イグアナ似の娘”でもない。この『イグアナの娘』というタイトル自体が大きな伏線となっている。
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Contents
以下、あらすじ・ネタバレ
ゆりこは出産し長女リカを授かるが、何故か娘の姿がイグアナにしか見えない
―イグアナの姫は魔法使いにお願いする。『人間の王子に恋をしたから人間の女の子にしてほしい』と。魔法使いは快諾するも、一つだけ忠告するのであった…―
青島ゆりこは初めての出産を終え、助産師が抱えた赤子を見て絶叫する。ゆりこにはその赤子がイグアナにしか見えなかったのだ。しかし、他の人には普通の赤子に見える様だった。リカと名付けられた長女を愛せず、ゆりこは悩み苦しむ。
『普通の女の子が欲しい』そう強く願ったゆりこはすぐにまた妊娠し、次女マミを出産した。マミはリカと違って普通の愛らしい赤子に見え、ゆりこはマミを溺愛し、リカには冷たい態度を取る様になっていく。
『マミの声は可愛いけれどもリカの声はしゃがれてつぶれたトカゲみたい』等、まだ二人とも幼稚園児であるにも関わらず、マミばかり褒めリカを貶すゆりこ。母の様子から妹のマミも母を真似て姉であるリカをバカにするようになり、それに怒ったリカもマミを叩くようになっていくのであった。
『私はイグアナなの?』と母の言葉にショックを受けるリカ
そんな妻の態度にゆりこの夫は『マミと比べてリカを貶すな』と諭し、二人の娘が愛らしく写っている写真を見せる。不思議なことに写真であればゆりこにもリカが愛らしい普通の少女に見えるのであった。
『普通の人にはこう見えるのに、私の目にはこうは見えない。自分の目に映るのはあの子の本性なのか』…そう考え、たまらなくなったゆりこはリカの事を『でかい口、離れた目、ガニ股の足』と一通り貶し、『あの子はまるでガラパゴスのイグアナだ』と泣き叫ぶ。そんなゆりこに夫は困惑する。しかし、そのやりとりを運悪くリカ本人が立ち聞きしてしまう。
ゆりこの鏡台で化粧のまねごとをするリカ。そこを通りかかったゆりこは『ブスのくせに化粧なんて』と化粧品をひったくる。するとリカがゆりこに尋ねる。
「ママ、あたしイグアナだからみにくいの?」
イグアナの娘 萩尾望斗 13/230
リカのその言葉に蒼ざめるゆりこ。すぐにリカに『イグアナなんて二度と言っちゃいけません』と叱りつける。ゆりこは恐れていたのだ。
もしほかの人の目にも娘がイグアナに見えたら、あたし、なんていわれるか
イグアナの娘 萩尾望斗 13/230
リカには野球の才能が有り、更に高い知能を持っていたが…
そして、リカとマミは小学生になった。リカは落ち着きがなくゆりこが叱責すればするほど慌ててミスをする。ゆりこはそんなリカを『グズ』と罵る。妹のマミも平然とリカを見下す様になっていた。
そんな中、リカは同級生の少年のぼるに才能を見出され、少年野球のチームに入る。母とマミに『汚い』と罵られながらも野球に楽しみを見出し、のぼるとも互いに淡い恋心を抱くようになっていたリカ。しかし、ある日試合中に近づいて来たマミにリカが打った球がぶつかってしまい、リカは母に野球を辞めさせられてしまう。のぼるはゆりこに『リカに野球を続けさせてほしい』と掛け合うが、ゆりこを説得することはできず、むしろゆりこは『小学生のくせにませちゃって』と怒る。リカとのぼるはそのまま疎遠になってしまい、リカの初恋は終わってしまうのであった。
それから季節が廻り、ゆりこの元にリカの担任が家庭訪問にやってくる。愛想笑いをしながら『リカはトロくてグズくてどうしようもない子で』と語るゆりこに担任は意外なことを言う。
なんとリカはIQテストの成績が学校で一番よく、頭が悪いどころか、とても良いのだと言う。しかし、それを聞いたゆりこは喜ぶどころかこう思うのであった。
リカって…頭いいの…?
イグアナの娘 萩尾望斗 21/230
あのブスいイグアナが?マミちゃんよりも…?
イ、イグアナのくせに…まあ…
なまいき!!
それ以降、ゆりこはリカが100点満点を取らないと『IQが良いからっていい気になっている』と叱る様になるのであった。
そして、ゆりこの誕生日。次女のマミはゆりこにキレイなハンカチをプレゼントし、ゆりこは大変喜んだ。その様子を見ていたリカはキレイな手鏡を買い、ゆりこにプレゼントする。しかし、ゆりこは喜ぶ様子もなく、むしろ手鏡が1500円したことを知ると『ムダづかいして!』『ママいらない、お店に返してらっしゃい』と手鏡を床に叩きつける。
そんな母の態度にとうとう泣き出してしまったリカ。『マミちゃんばかり可愛がって私のことは叱ってばかり』と泣きわめくリカに慌てながらも『泣くとみっともない』と更に叱りつけるゆりこ。
「あたしがイグアナだからママはあたしがキライなんだ」
イグアナの娘 萩尾望斗 24/230
そうリカが叫ぶとゆりこは震えながら血相を変えて『イグアナなんて二度と言うんじゃない』と叫びリカとマミを怯えさせる。
夕日が差し込む中、手鏡を返しに一人街を歩いていたリカは店には行かず、橋から川に手鏡を投げ捨て思うのであった。
『自分は本当はイグアナだったのに神様の手違いで誤って人間の元に生まれてきてしまったのだ』
『いつか大きくなったらガラパゴス諸島に行って本当の父と母に会いに行こう』と。
そう思い、母に対してある種の諦めを持つようになったのであった。
高校生になったリカは美しく成長し、妹のマミも母のおかしさに気付く
そして、時が経ちリカは高校生になった。美しく成長したリカはラブレターをもらう程モテる様になったのだが、自身のことがイグアナにしか見えないので男子の真意が分からず、『からかっているだけだろう』としか思えない。勉強に専念しそのまま恋愛をすることなくH橋大学(一橋大学)に進学した。
一方、高校生になった妹のマミは相変わらずリカを小ばかにしていた。ある日ボーイフレンドを自宅に招いたマミ。ボーイフレンドはリカを見て、そしてリカがH橋大学であることを知るとマミに『お姉さんは美人な上に頭が良いんだね』と言う。そのときはボーイフレンドの言葉を社交辞令として受け流したマミ。しかし、受験に際して自身も当然姉であるリカと同じH橋大学に行けるものだと思っていたマミは担任から学力が遠く及ばないことを指摘され愕然とする。
マミは母と自身の姉への評価と、世間のそれが著しく乖離していることに気付いていく。
ある日、マミはリカの部屋を訪れ今までの態度を謝罪する。しかし、リカは特に気にした様子もなく、『マミには見えないけどあたしはママの言う通りイグアナだ』と淡々と言う。いじけてはいけないと言うマミに事実だと答えるリカ。今までの経験からどこか達観してしまったリカは『人間の中で一生イグアナとして生きていくのも悪くない』とさえ思っていたのであった。
人が動物の様に見えるリカは自身の本性を恐れ上手く恋愛ができず苦しむが、最良のパートナーと出会う
自身をイグアナとして認識し続けていたリカは、大学入学後、他者も動物の姿で見えるようになっていた。
そんなリカは同じゼミの安田静男に恋をする。羊に見える彼は世話好きで明るい人。恋に浮かれるリカに母ゆりこは相変わらずキツイ態度で接するが、マミはそんな母に反発し、リカを庇う様になった。
しかし、ある日リカは妙な夢を見る。それは巨大なイグアナが大口を開けて羊の頭を飲み込む夢であった。飛び起きたリカは動揺する。
ああ!あたしは静男君を食っちゃう!忘れてた、あたしはイグアナだった!
イグアナの娘 萩尾望斗 32/230
その後良い感じだったにも関わらず、夢が現実になることを恐れたリカは静男と別れた。雪の中、新しい彼女と歩く静男を見つけたリカは『自分は誰を好きになってもダメ、恋愛出来ないのだ』と俯きながら雪道を歩く。するとその時、傘を差しながら歩いてきた男にぶつかられ、リカは転倒してしまう。
『ごめん』と謝りながらリカを助け起こした男は大柄で、リカには彼が牛に見えた。
なんだこのデカ牛男は
イグアナの娘 萩尾望斗 34/230
彼は牛山一彦。三浪して大学に入学してきた、旅が大好きでマイペースな青年だった。少しずつ一彦に惹かれていくリカ。しかし、『私はきっと一彦君も食ってしまう』と一彦への好意を抑えようとする。
すると、リカはまた夢を見た。牛の大きな尻に噛みつくイグアナ。しかし、巨大な牛を噛み切ることも飲み込むことも出来ず、弾き飛ばされてしまう。そして噛みつかれたことにすら気付かない牛は転んだイグアナに優しく『大丈夫?』と聞き助け起こしてくれたのだ。
温かい気持ちで目覚めたリカ。
この牛はだいじょうぶ!!
イグアナの娘 萩尾望斗 35/230
そう確信して一彦と前向きな気持ちで付き合い始めるのであった。
一彦と結婚し、女児を出産するリカだったが、生まれた赤子に対して…
リカは大学を卒業してすぐ一彦と結婚した。『三浪もした男なんて信用できない』『マミだったら許さなかった』と結婚式にも関わらず吐き捨てる母、ゆりこ。しかし、『あたしだってママが反対しても好きな人だったら一緒に』と言う等、自分の言うとおりにならなくなってきたマミに戸惑うのであった。
リカはそのまま、一彦の故郷である札幌へ行き新生活を始める。一彦とちょっとした喧嘩をすることはあったものの、その都度互いに歩み寄り幸せな家庭を築いていった。近くに住む一彦の両親も一彦に似たおおらかな人達で札幌はリカにとって居心地の良い場所となる。
リカは盆暮れ正月も実家に帰らなくなった。実家に行くと母ゆりこは一彦の悪口を言うだけなので、札幌で一彦と過ごす方がよほど幸せで楽しいのだ。
そしてまた少し時が経ち、リカは妊娠、女児を出産した。しかし、リカは生まれた娘、ゆうを見て困惑する。ゆうの姿はイグアナでも牛でもなく、ただの人間の赤ちゃんにしか見えなかったのだ。それどころか、ゆうがどことなく母、ゆりこに似ているような気がしてしまい、リカは『お前は何も悪くないのよ』とゆうに心の中で語りかけながら泣き出してしまう。その様子に気付き駆け寄ってきた一彦にリカは言う。
「…自分がこわい」
イグアナの娘 萩尾望斗 39/230
「全然愛情がわかない…他人の子みたい、かわいくない…」
正直に気持ちを吐露するリカに一彦は『僕だって実感がわかない』と笑って見せ、時間が経ち子どもが成長すれば可愛く感じられるだろうとリカを励ます。一彦の言葉にとりあえず落ち着いたリカ。しかし、こう思ってしまうのだ。
ただかわいくないうちはまだいい…嫌ったり憎んでしまったりしたら…どうしよう…
イグアナの娘 萩尾望斗 39/230
リカは自身が母から受けた仕打ちをゆうにしてしまうことを恐れていたのだ。
母、ゆりこの唐突な死…母の死に顔を見たリカは叫び声を上げる
不安を抱きながら眠りについていたリカだったが、朝4時に掛かってきた電話に起こされる。電話の主は妹のマミ。マミは泣きながら『お母さんが…』と言う。
母、ゆりこが急死したのだ。急性心不全、まだ52歳という若さだった。
急いで東京に向かうリカ。しかし、飛行機の中でリカはちっとも悲しくないどころか、むしろ自分がホッとしていることに気付きショックを受ける。『自分はやはり冷血動物のイグアナなんだ』と落ち込むのであった。
久しぶりに実家に足を踏み入れたリカ。マミに連れられ、ゆりこの遺体の元へ向かった。おばに『ゆりこに顔を見せてやって』と言われ、リカは母の顔に被せられた布を取り払った。しかし、母の死に顔を見て悲鳴を上げてしまう。
母の死に顔は、イグアナだったのだ。
パニックを起こしながら『私の顔にそっくり』と叫ぶリカ。するとおばは『そうよ。前から言ってたけどゆりこちゃんとリカちゃんはそっくりよ。そう言うとゆりこちゃんは怒ってたけど』と答える。『やっぱり似てるわねえ』というおばの言葉にリカは呆然とするしかできなかった。
ラスト・結末~リカは”イグアナ姫”の夢を見て、母ゆりこの自身への憎しみの正体を知る
通夜の寝ずの番の間、リカは不思議な夢を見た。
遠い遠いガラパゴス諸島。そこにはイグアナのお姫様、”イグアナ姫”がいた。イグアナ姫は魔法使いのお婆さんの元へ行き『私を人間にしてほしい』とお願いした。人間の王子に恋をしたのだ。魔法使いのお婆さんは快諾するも、”イグアナ姫”に一つ忠告する。
『お気を付けなさい。王子様はお前がイグアナだと気づいたらお前の元を去っていくよ』と。
イグアナ姫は自信に満ちた様子でそれに答えた。
「わたし絶対気付かれないわ。イグアナだったことなんて忘れて人間として生きるわ」
イグアナの娘 萩尾望斗 48/230
お母さんお母さん
イグアナの娘 萩尾望斗 48/230
そしてわたしが生まれたのどう思った
幸福だったお母さんびっくりしたでしょ
絶対に正体を知られたくなかったのにお母さん
辛かったでしょ苦しかったでしょ
わたしを産んで愛せなかったでしょ
愛せなくて苦しかったでしょ
『お母さん』…そう叫んで束の間の夢から目を覚ましたリカ。目の前にある優しく微笑む母の遺影を見て、初めて涙を流したのであった。
それから少し時が流れた。一彦と娘のゆうとともに公園を訪れたリカ。優しい笑顔でゆうと遊ぶリカに一彦は『可愛くないって泣いてたのが嘘みたいだ』と笑い、リカもそれに笑顔で応える。
母の枕辺で”イグアナ姫”の夢を見た時、不思議とリカの中で何かが浄化されたのだ。
リカはずっと母に愛されなくて辛かった。好かれたくて、でもどうしても嫌われてしまって。そしてリカ自身も母を愛したくても愛せなくて辛かった。
でも、もういい
イグアナの娘 萩尾望斗 52/230
あたしは夢でガラパゴス諸島へ行って母に会った
あたしは涙と一緒にあたしの苦しみを流した
どこかに母の涙が凝っているのを感じながらも、リカは自分の大切な人と共に前を向いて進んでいくのであった。
以下、感想・考察・解説
タイトルに込められた意味~同族嫌悪とコンプレックス
表立った虐待行為は無いものの、『イグアナの様だ』と長女であるリカを貶し、その特性を認めず何につけても否定し続け自己肯定感が育つのを阻害しようとするゆりこは今の時代の感覚で言えば、十分毒親、毒母だろう。言ってること結構酷いし。
では何故、ゆりこにはリカがイグアナに見えて、嫌うのか。その理由はラストのリカの夢が物語るよう、同族嫌悪なのだ。
『イグアナの娘』…このタイトルはイグアナに似た娘という意味も持つが、もう一つ『イグアナが生んだ娘』という意味を持っている。 娘であるリカだけでなく、母であるゆりこもまたイグアナだったのだ。この“イグアナ”というのは暗喩、メタファーだ。イグアナの様な凶暴さ、外見的なコンプレックス、人とは違う何か…色々と考察の余地があるが、それはゆりこにとって他人に知られたくない一面、指摘されたくない特徴・特性の象徴なのだ。
イグアナであるゆりこだからこそ、他の人には見えないイグアナを娘の中に見いだす。そして、ゆりこは周囲から娘とともに自身もまたイグアナであることを見破られることを何よりも恐れていた。
もしほかの人の目にも娘がイグアナに見えたら、あたし、なんていわれるか
イグアナの娘 萩尾望斗 13/230
だからこそ、上記の様な独白が出てくる。自身のコンプレックスを突き付けてくる存在であるリカにゆりこは憎しみしか持たなかったのである。
母、ゆりこがリカに及ぼした呪縛と、その先にある希望を考える
前半、母、ゆりこの目を通してイグアナの姿で描かれる長女リカ。中盤以降は美しい本来の人間の姿も度々描かれるものの、ゆりこの影響でリカ自身、自分をイグアナとしか認識出来ず、思春期には恋から遠ざかってしまう。そのうえ、ラストゆりこが死んでからもイグアナの姿で描かれている。これは明らかに母の影響…呪縛であり、その呪縛が母が死んでもなお、続いていることを示しているとも言える。怖い。
しかし、それがただ絶望的に描かれているかというと、本作はそうでもない。確かにリカは母の愛に飢え苦しむ幼少時代を送るが、その頭の良さもあってか、比較的早く母の愛を求めることの不毛さに気付き、『人間社会でイグアナとして生きるのも悪くない』と達観する。そして、人を動物に例えて見る…人の本質を見抜く能力を伸ばし、結果として最愛のパートナー、一彦と結ばれるのだ。一彦本当に良い人。子どもを可愛いと思えないと言ったリカを責めもせず、うろたえず同じ目線で寄り添う。この時代にしては割と珍しいタイプなのでは?
母から受けた傷、呪縛は完全に消すことは出来ない。しかし、その経験を何らかの形で昇華したり、生かすことはできるのだ。そんな希望も本作は示している。そして、慣れると美形の人間姿よりもイグアナの姿のリカの方が愛らしく見えてくるのが不思議。イグアナ娘、可愛いじゃない!
親のコンプレックスと子への態度
しかし、毒親化までしなくても、子どもが自身に似すぎていて同族嫌悪に陥る…という話はよく聞く。『娘の部屋が汚すぎて許せない』と憤慨する母親ほど整理整頓が苦手だったりする。自身が苦手だったものを子どもに習得させようとするのもあるある。同族嫌悪と自身がそのコンプレックスに悩まされた経験から、子供をそのコンプレックスから解放しようと悪戦苦闘するのだ。
私自身は娘が二人いるものの、二人とも夫や夫の親族の血が強すぎて私とは欠片も似ていないため、今のところそういった感情を持ったことはない。だが、私と私の母についてはこれに当てはまるエピソードがある。
私は小学校中学年位まで母にずっと『字が汚い』『もっと丁寧に書け』と言われ続けていた。実際そこそこの悪筆であったが左利きだったため習字教室に通うことは叶わず、かといって母からは具体的にどう書けばいいかを教えてはもらえなかったので結構不満だった。
しかし、ある日作文か何かで我ながら上手く丁寧に字を書けたと思ったときがあり、喜び勇んで母にそれを見せに行ったのだ。
「ママ、丁寧に書いたらちゃんとママそっくりの字になったよ!!」
その瞬間、母は真っ青になり、絶句。卒倒しそうになった。以降、字についてうるさく言われることが殆どなくなった。
大きくなってから分かった事なのだが、実は母自身が字に非常にコンプレックスを持っており、ペン習字の通信講座を受けてもそれを克服できず、むしろ書痙…人前だと緊張して文字が書けなくなってしまっていたのだ。そのため、娘である私には同じ轍を踏ませまいと、字を丁寧にキレイに書くように言い続けたのだが、何故かそうすればするほど私の字は母のそれに似てくるという状況に陥り、最終的に娘から直接それを指摘され、コンプレックスが爆発、というか爆死したのだ。ちなみに私の悪筆はそのうち直った。
私もいつか、娘たちに自身のコンプレックスを見出す時が来るのだろうか。
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『帰ってくる子』『カタルシス』『午後の日差し』『学校へ行くクスリ』『友人K』…他5編も傑作
表題作である『イグアナの娘』は勿論だが、収録されている他5編も傑作である。家庭、友人関係の擦れ違いや悲哀を温かく描いている。
家出をするようになってしまった浪人生のゆうじ。彼が何故そのような行動を取るのか、従姉のともよと珈琲店のマスターが少しずつ聞き出していく『カタルシス』も、親と子の関係の問題を描く作品としては『イグアナの娘』に負けない鋭さがあると思う。
ゆうじと同じ大学を目指し切磋琢磨しあっていた同級生の少女正田との関係をいやらしいものだと決めつけ、正田に文句の電話を入れていた等、息子を思い通りにしようとしていた母親。一見優しいようで、育児の責任を全て妻に丸投げしている父親。正田は受験の直前に心不全で急死してしまうのだが、母親に『葬式に行かなくてもよい』と言われ、それに抗わなかったゆうじは、後に正田が自身を好いていたことを知ってしまい、後悔にかられ続け、前に進めなくなってしまうのだ。
リアルなのはゆうじと両親の“対決”。ともよ立ち会いの元、ゆうじと両親は“話し合い”の場を設け、両親は『話を聞いてやる』と言いながら、その実全く聞く気がない。嫌だったことをちゃんとゆうじが訴えても、母は記憶を都合よく捏造しており、父はただそんな母に乗っかるだけ。ゆうじが大学受験をやめて自立したいと告げると、『こんなのゆうじじゃない』『お前を一生許さない』と叫び母は倒れてしまう。ラスト、ゆうじは両親から離れて生気を取り戻す。だが、母はともよに紹介されたカウンセラーに子離れするように言われ激怒。カウンセリングをやめて、小さな宗教団体に入信し、『ゆうじが元に戻って帰ってくるように』とお祈りする日々を送るのだ…。予定調和のハッピーエンドではない、『どうしても絶望的に分かり合えない親子関係もある』というシビアな現実を突き付けるのだ。
当時はまだ毒親という言葉も定着していなかった時代。家族は分かり合えるという価値観が主流の中、こういった作品を描ける萩尾望斗の慧眼がすごい。萩尾望斗の短編集は沢山あり、どれも面白いが、『親子関係・家族』をテーマにしたものに興味がある方にはこの、『イグアナの娘』をオススメする。